月別アーカイブ: 2014年2月

都美館の作品撤去要請と宙に浮く「石」

雪の影響もあったのですが、少し難儀な作業に取りかかっていて、
スケッチに行くことが出来ず、新しい画像があげられません。

3月の半ばくらいまでこんな状態が続くかもしれません。

記事も気になる事はいろいろあるけど、
アトリエ日記としては気になるのが、
都美館の作品撤去要請のニュースでした。

都美術館作品撤去要請 撤回求め署名活動

私もこの署名には署名しましたが、
同時にいろんな視点からも考えてみたいと思っています。

もちろん、ここでは第一義的に「表現の自由」が問われるわけです。
今回政治的である事が忌諱されているわけですが、
そもそも、政治的でない事が世の中にどれほどあるのか、
とは思うわけです。

個人の恋愛を扱うだけなら、政治的でないかもしれませんが、
個人と言えども社会と接点を持っている以上
日々、政治的に思考しなくても、
政治的存在である事はむしろ当然だと思えます。

税を払う行為も、学校に行く行為も、
国家というシステムの中で運用されており、
その国家というシステムの運用方法を決めるのが
政治なのですから。

私たち日本人は、ことさらに政治に関わる事を避けるように
教育されますが、実はこれ自体が、実に政治的な側面を持ちます。

つまり政治に関わらないでいてくれたら楽だという
政治や行政の「政治的な」思惑以外何ものでもないからです。

その事は端に置いておいても、
自分の作品を社会に発表する時点で、
ある程度の社会性は内包していて、
社会性には当然政治性も含まれているから、
作品を世に問うた時点で多少の「政治性」は
作者が意図しなくても、
見る人によっては生まれます。

今回は、美術館側が、見る側の気持ちを
「政治性」と言う言葉で忖度した結果が
撤去要請だったのだろうと思います。
だから、私は、署名をしたのですが……。

「……が。」と言うのには訳があります。
もちろん撤去要請撤回に署名したのは、政権が変わるたびに
忖度されて「政治性」が問題になる事が、
「表現の自由」からはあり得ないからですが、
しかし、撤去要請を受けた作品自体を写真で見た時、
その「表現」に諸手を上げて賛成、とは思えなかったからです。

本当は実物を見ないで論評は避けたいのですが、
どうやら、灰色のカマクラみたいな半円形のオブジェに
ペタペタと新聞の切り抜きや「反戦」と言ったような
直裁な言葉を書いた紙を貼っているようなのです。
立体コラージュとでもいうのでしょうか。

確かに今急激に政治が悪化していて、
思わず日頃の思いを貼ってしまったであろう事は想像に難くないし、
コラージュ自体は昔からある表現方法ではあります。

しかし、ネット見ただけでもキラ星のごとくの表現が溢れているこの時代に
あまりひねりも感じられず、格段に美しいとも思われない方法が
はたしてどの程度見る人の心を動かしたでしょうか。

実は反戦やら反核では、
U.G.サトーさんという作家さんが
面白いアイデアでポスターなどを作っています。

作品解説は ↓ こちらから読めます。
多面体U.G.サトー、笑いのDNA

そして今日、偶然に、
カナダのパフォーマー マイケル・グラブ (Michael Grab) の
「重力接着 (Gravity Glue)」
Gravity Glue
という作品を目にしました。

こちらからは動画が見られます。
【重力接着】「にわかには信じられん」はこのためにある言葉。石が奇跡のバランスで、あり得ない風景を作り出している

石を積み上げて行くだけなのに、すごく不思議な力を持っています。
重力とバランスだけでこういうことができるのですね。

一方、石ではなくて小枝や羽でバランスをとる日本女性も居ます。
Miyoko Shida Rigolo – an incredible performance

どちらもパフォーマンスとして素晴らしいけれど、
マイケル・グラブさんのパフォーマンスは
重い石が微妙なバランスで宙に浮いているかのごとくに見える点で
より見るものに異界を覗かせてくれるようです。

そして、重力と言うどこにでもあるものの力を
引き出してくれたような感じがするのと同時に、
万物とか森羅万象とかそういったものへの圧倒的な信頼感を感じました。

人間は飛行機を作ったり、宇宙探検に行ったり、いつもその重力から
解き放たれようとして来たけれど、
実はその重力自体がこれほどの神秘であったとは。

そういう事を思うと同時に、
マイケルさんの作った石のあまりの不思議な美しさに
戦争とか競争といったような事が
とても些末な事のように見えてきます。

もしかすると、人々から戦意を失わせるこの「表現」こそが
一番の「反戦」かもしれない、
と思うのです。

是非一度、この人のワークショップに参加したいものです。

関連記事
ルーブル美術館の秘密

↓ 現代アートって何?という人にお薦め。

↓ 美術館の役割は?という人にお薦め(子ども向けの初歩的な事が書いてありますが、学芸員の仕事など知らない人には案内になります)

災害の多い日本こそWi-fiなどネットの整備を津々浦々に

今回の大雪、
政府の対応の悪さを指摘している人は沢山いると思うので、
私は、少し違う視点、
災害の多い日本こそ、
もっとWi-fiなどのITをインフラとして整備した方が良いのではないか、
という点から書いてみます。

確かテレビは、地デジになった時、双方向性が
売りだったような気がするのですが、
その後どうなったのでしょうか。
我が家はケーブルだし、テレビ自体もまだブラウン管ですので
分からないことだらけです。

311のときもそうでしたが、
今回もツイッターの速報性が証明されました。
もちろん、タグの使い方とか洗練されるべきところはたくさん在るでしょうが。

今回の雪害で佐久市の市長がツイッターを上手に活用されていたようです。

ダメだったのが、政府。
官邸の災害情報のアカウントは95万ものフォロワーがあるにもかかわらず、
まったく機能しませんでした。

もうひとつ呆れるのが、
官庁の通達をPDFファイルで出す事。
あれでは、ガラケーの人は読めません。

しかし、災害の多い日本こそ
もっとITは活用されるべきだと、
今回痛感しました。

今回のように、雪で閉じ込められてしまうと、
どこの誰がどのような状態なのか
行政が把握することが難しくなります。

しかし、もし、日本全国津々浦々にWi-fiが整備されて
お年寄りもタブレット端末で発信出来れば
行政の情報把握も楽だし、
災害にあって動けない高齢者や障碍のある人は
自分の状況を外部に知ってもらえるのが早くなるでしょう。
大きな安心に繋がると思います。

大雪で携帯が繋がりにくくなったりする事もあるようで、
克服すべき課題はたくさん在るでしょう。

しかし、佐久市長のツイッターを見れば、
インターネットが災害把握や情報発信に
テレビより遥かに力を持っている事は見て取れます。

都知事選に立候補した家入一真さんが
お年寄りにネットとスマホを教えたい、
と呟いていました。

私も賛成です。
私はちょうど細川さんと家入さんの間くらいの年齢ですが、
友人たちでネットを駆使している人たちはあまり居ません。
彼女たちは不便ではないようですが、
私はもう、ネットが無ければ、かなりの事に支障が生じます。

海外から来た人たちが一様に不満を言うのは
公共の場におけるネットインフラの悪さです。

災害が多く、地方の過疎化などが進んでいる今こそ
むしろ、Wi-fiなどのインフラを全国津々浦々に整備する事で
高齢者自身が発信したり、
田舎に興味のある若者が移住しやすくなるのではないでしょうか。

「文明の転換点」のエバンジェリスタ

strawberry

ふって湧いたような都知事選。
そのふって湧いたチャンスに
細川護煕さんが立候補してくれました。

残念ながら、敗退したけれど、
ほぼ準備の無いまま、しかも「脱原発こそ文明の転換点」という
概念を掲げ、ゼロの状態から95万票を掘り起こしました。

選挙は勝たなければ意味はないのですが、それでも
今まで左翼の専売特許と思われていた「脱原発」に
保守が名乗りを上げた事の意味は
計り知れない影響力があると同時に、
実は同じように思っている人が、100万人近く居た、
という事実を可視化してくれました。

また、多くの文化人や有名人が応援として
名乗りを上げました。

これを「有名人を使うなんて、市民運動にあるまじき事」
と声を荒げる人も居るようです。
しかし、お金持ちも労働者も、無名も著名人も、声を上げないと、
「脱原発」という大仕事は成し遂げられ無いのではないでしょうか。

そしてなにより、「文明の転換」という
とても大きな目標が掲げられた事が今回の選挙の
最大の特徴だったと思います。

選挙というのは一種のポピュリズムですから
どうしても、「あれをやります」「これにお金回します」
という政策の提示になります。

もちろん、政治は税金の配分の問題ですから
当たり前です。

だから、反対にいうと、
今の生活を変えようよ、という方が遥かに勇気が必要だし
難しいわけです。

政治家として総理まで上り詰めて、悠々自適な生活を送っていた人が、
どうも変だぞ今の世の中、と
身を呈して日本の未来像を提示してくれたわけです。

今はグローバル企業が国家をも凌駕しようとして、
格差も広がっています。
それ自体も問題だけれど、
それを推進する人たちはすごく重要な事を
忘れている気がします。

地球は有限だ、という事です。

そして既に世界では、それに気づいて、
未来を見据えて新しい世界を作ろうと
多くの人が動き始めています。

日本も早くそういう新しい生き方にシフトして行こうじゃないか、
それでも、経済的にやって行ける、という新しい概念の提示だったのです。
脱原発はそのスタート、出発点。

残念ながら、新しい概念であったうえ、
メディアも「脱原発ワンイシュー」という矮小化に始終したので
消化不良の感は拭えませんが、
それでも、二週間の選挙戦で60回の街宣で20万人くらいの
人が演説を聴いています。

新しい価値の種はまかれ始めたばかり。
気づいたひと一人一人が、
もっともっと種を撒き、育てなければなりません。

でもこれは、確かに小泉さんが言うように
「夢のある仕事」なのです。

屋久島へ行って森の言霊を聞いたり、
里山公園でイネ作りをしたり、
鳥の美しさを描きとめたり、
といった今までの経験を生かしながら、
私もそんな夢のある仕事のエバンジェリスタになって行きたいな、
と思うのです。

以下にいくつか関連記事をまとめておきます。

小泉さんののオンカロ報告
↑56分位から40分ほど。非常にうまく原発の状況と自然エネルギーについてまとめています。

Listening:殿、次の一手は 東京都知事選で敗北、細川護熙元首相

脱原発は文明の転換を求める戦いです。日本人の生き方の問題です。ずっと訴えていかなくちゃいけない。うねりをもっともっと大きくしないと。小泉さんもまったく同じ思いです。

「小泉頼み、やめた方がいい」=脱原発、機運しぼまず-細川氏参謀・古賀茂明氏

「『原発即ゼロ』は、単なるエネルギー政策でなく、成長戦略でもある。欧米の企業が原発をやめて自然エネルギーに猛然とシフトしているのに、日本だけが原発に回帰しようとしている。今、競争力を持つ産業は自動車しかない中で、これから飛躍的に伸びる自然エネルギー産業に集中投資して勝負する。それによって雇用と所得を生み、福祉にもお金を回す循環をつくっていく考え方。鉄とコンクリートで自然を破壊する大量生産・大量消費型の成長の仕方から、脱原発で環境を維持しながら、生活水準も落とさない新しい生き方だ。ただ、そこが都民にきちんと伝わらなかった」

「現在既に『原発ゼロ』が実現していて一番大変な時だが、今後は自然エネルギーが増えて省エネが進み、どんどん楽になってくることを国民に認識・理解してもらうことが重要だ。原発ゼロはいばらの道ではない。風力、太陽光、バイオマスによって、疲弊した地域や山村に新しい産業が生まれ、大都市と地方が共存するシステムができる。脱原発は国の在り方を変えていく新しい時代の流れだという、『世界の常識』を浸透させていく必要がある」

ブログ「黒森庵の、こんくらい」さんから
感動の二週間の記録です。
2014都知事選日記。

総論賛成、各論賛成

20130213

都民の半分以上が選挙には行かなかったわけですが、
選挙というのは、やはり面白いです。

今回は細川さんの街頭演説に2度ほど行き、
雪の中チラシのポスティングをしました。
その程度ですが、いろいろ見聞して面白かったです。

結論から言うと、私は脱原発派は一本化は出来た、
と思っています。
こう言うと、両陣営から非難囂々、何を今更状態かもしれませんが。

というのは実は細川さんと宇都宮さんには根本的な違いは無く、
大枠の理念による総論か具体的な各論かの
違いしかなかったように思えるのです。
言い換えれば、同じような政策を理念であらわすか
細かい事例を挙げて提示するかの違いだったのです。

脱原発を第一にあげていた細川さんは「文明の転換点」という
かつて無い言葉を使って理念をあらわしていました。
私にとってはそれが決め手でした。
また記者会見では、暴走する資本主義にも言及していました。

つまり、明らかに、TPPや特区の概念とは相い入れない立場だったのです。
また、細かく言及しなくても脱原発をめざすという事は、
言うまでもなく貧困問題や雇用問題も含みます。

そして、ここがかなり重要なのですが、
「自然ネルギーで発展する」という小泉さんの構想は
実は、特区やTPPと最も遠い概念で、
まさに持続可能な人間的な、宇都宮さんもめざす社会なのです。

話しは違うのですが、実は、
先週とても小さいけど国際会議に参加しました。

参加してみて、認識させられた事のひとつが、
既にビジネスの社会では、
英語を話す修士か博士号を持つ人が、
標準仕様でワールドワイドに競争している事実。

しかも、日本語でビジネスの出来る海外の人が、
日本の会社の課長クラスに雇用され、
英語で仕事をするレベルになっている。

そして実は、私たち日本人も知らないうちにこの
英語学歴標準仕様の世界に組み込まれている。

関係ないのは、日本語で活動しているメディアと出版くらいかも。

既にある意味、世界中が首切り特区になりつつあるんだと
実感させられました。
多分、これは資本主義の本質のような気がします。
まさに弱肉強食。
そして多分もうこの流れは止められないのね。
資本主義である限りは。

でも、誰もが、そんなビジネス社会で暮らしたい
わけではないはずです。
世界に出て過酷な競争を勝ち抜いて
収入の多いビジネスのポジションを
得たいと思う人ばかりではないはずです。

だから国がやる事は、
自国にとどまり普通に生活したい人の生活を維持する事。

その点で、脱原発で国内でエネルギーを賄う、
という小泉構想は理にかなっている。
もちろん一定につましくなるけど豊かなのです。

つまり、確かに、TPPや特区に反対する事は、分かるのだけれど、
実は現状の方が既にそうなりつつある、という事です。
ビジネス社会は非情になっています。

もちろん、この流れを最初に作ったのは小泉さん自身。
小泉政権の規制緩和は、竹中平蔵の名の下に進められ
今や派遣が4割。
ただ、もうその流れは、止められないでしょう。
資本主義の必然の面がかなりあると思います。

そして今回、小泉さんは、その解決策を引っさげて
細川さんの応援に駆けつけたのです。

そういう意味でも、一本化は意味があっただろう
と私は思っています。

さて、じゃあ、一本化は細川さんか、
と言うと、私は、
細川知事、宇都宮副知事、ではダメだったのかなあ、
と思うのです。

細川さんは年齢的にも一期がギリギリでしょう。
だから、具体的な目配りの聞く宇都宮さんが副知事となって、
保守としての政治家経験の豊富な細川さんの手法を学び、
4年後に引き継ぐ、という手もあったのです。
脱原発派の長期政権です。

今回もったいなかったのは、第一に、
宇都宮さんを自発的に市民が後押ししはじめたのに
何となく一定の政党色がついてしまった事です。

政党政治である以上、政党の頚城からは逃れられないけれど、
政党は独自候補ではなく、市民と相乗りで候補を出す時は
超党派のワンノブゼム、に徹する事も考えて欲しい。
またそれが出来ないと、政党として成長しないと思います。

第二に、どちらの支持者も違いばかり言いつのっていました。
でも結局、一方は大枠の理念を提示し方向性を示し、
一方はそれを実現化する具体策を提示していたのだとおもいます。

むしろ考えようによっては理念と具体、総論と各論
保守と左派が調和した都政が生まれていたかもしれません。

こんな事書くと叩かれそうですが、
選挙戦の間中、両者の違いがよく分からなかった私としては
書き残しておきたかった事です。

チャンスには前髪しか無い

後一時間で都知事選も終わります。

私は、「脱原発」は「文明の転換」
で述べたように、細川さんに共鳴し
生の演説を聴きに行き、チラシ配りなど
出来ることをしてきました。

脱原発が二手になりどちらに入れるか迷っている人に
私が言いたいのは、
チャンスには前髪しか無い
という事です。

よく「闘いは続く」みたいな戯れ言(あえて戯れ言と言います)
を散見しますが、
まったく政治状況を把握していない人たちの言葉です。

まず、舛添候補が勝てば、
月曜日から続々と再稼動が始まり、
今国会には共謀罪を出し、
春には集団的自衛権の容認
そして、今年中には秘密保護法が施行され
徐々に物が言えない状態が作られ
三年の間に改憲までするかもしれません。

そうなったときはときは既に遅く、
「脱原発」が出来るのは、
次の事故が起きた時になるでしょう。

原発はシステムの問題ではなく
人類の命運の問題です。

システムを変えるのなら、闘いを続けて行けば良いかもしれません。
貧困も雇用も介護も教育もシステムの問題です。
しかし、次に原発事故が起きたら、
程度によっては、人類全体に影響が及ぶ事にもなるかもしれません。

原発は、実は電源ひとつ抜けばメルトダウンする事は
ふくいちが実証してしまいました。

チャンスには前髪しか無いのです。

明日は晴れそうです。
みなさま足元気をつけて、投票に行って下さい。

「脱原発」は「文明の転換」

 既にあった文字の配列にあわせてイラストを描いたもの

ちょっと更新が空いてしまいましたが、
今週は昨日まで小さな小さな国際会議に参加していました。
朝九時から夜のレセプションまでスケジュール満載で
ブログを書く気力も体力もありませんでした。

さて、都知事選真っ最中です。
誰に入れるかは各々が決める事。

私自身は、自民候補に入れるはずも無く、
最初、宇都宮さんにいれるつもりでした。

選挙初日の細川護煕さんの第一声を聞くまでは。

といっても細川さんがその一週間前、立候補を表明した時は、
それほど期待もしていませんでした。

しかし、都庁前での第一声を聞いて、
大袈裟でなくちょっと身震いがしたのです。

「脱原発は文明の転換」
「脱原発はパラダイムシフト」

今まで政治家から聞いた事のなかったような言葉が
ごく自然に、トツトツとした演説から聞こえてきました。

これは、私が311以降にずっと考えて来た事です。
というか、それ以前から考えていたのですが、
311以降に確信を持ったことです。

しかもこともあろうに、
「あの」小泉純一郎まで
「原発無しで日本は自然を活かしたエネルギーでやって行く」
と言い出す始末。

なんじゃ、なんじゃ、何が起きているんだ。
当然の事、ネットでは陰謀論まで出てきます。
そのうえ脱原発同士で反目したり。
敵を見間違えるな、と思いますが。

しかし、いろいろ情報を集めて行くと
どうやらこの2人の元首相の311以降の行動は
とても整合性がとれています。

小泉さんは、映画「100,000万年後の安全」を見て、
総理時代に信じていた事が嘘だと知り、
実際に世界で唯一決まっている最終処分場オンカロを訪ねます。

一方、細川さんは、東北の津波被災地で
瓦礫を使った「緑の長城プロジェクト」をはじめます。

別々に311以降の日本を考え、行動していたとき、
昨年、十月に元経企庁長官の田中秀征さんと三人で
会うことになります。

田中秀征さんのツイッターより。

この前後のツイートを要約すると、
このあと小泉さんは細川さんの緑の長城プロジェクトに
寄付もしていますが、ここでの2人の元首相の認識は、
「原発を次の世代に残したくない」ということだったそうです。

そこでふって湧いて来た都知事選。

小泉さんも随分立候補を言われたたらしいですが、
結局、細川さんが立ち、小泉さんが応援する、と言う今の形になります。

田中秀征さんはこの2人の共通点を
①保守政党の出身であること、②首相経験者であること、
そして③原発容認から脱原発に転換したことだ、
と言います。

そして、


なのだそうです。

私も、ここが肝だと思っています。
「脱原発」は革新や左派の特許ではないです。
そして保守だからこそ、美しい国土を守る為に立ち上がるのは
何も不思議な事ではありません。

そして、原発ムラの解体はこの国が立ち直るには必須です。

ところで、私が
「脱原発は文明の転換」
「脱原発はパラダイムシフト」
だと以前から考えている
論理的なバックボーンのひとつに
中世哲学が専門の八木雄二さんの
「生態系存在論」三部作があります。

その八木さんの2月9日に久喜市で開かれる講演会チラシを
上に貼っておきました。
八木さんも、文明との相克を越えて
人類にパラダイムの変換をすすめます。

関連記事
講演会のご案内 / 絵でこんなに変わる印象