月別アーカイブ: 2015年1月

LINEが可視化してくれた、便利さの裏側

この本で「やっぱり」と思った事の一つが
インターネットはどれほど匿名でも、実は匿名であり続ける事の方が難しく、
ウィキリークスが画期的だったのは、その匿名性を幾重にも担保するシステムだった、
という点です。

匿名で嬉々と他者に誹謗中傷めいた言葉を送りつける人がいますけど、
実はネット上の匿名とは頭隠して尻隠さず状態なのです。

そういえば、映画『セブン』でも、ひも付き情報の実態を垣間見ました。
ご覧になった事の無い方のためにストーリーを簡単に説明すると、
連続猟奇殺人犯(ケビン・スペイシー)をブラッド・ピット扮するFBIの捜査官が
図書館の貸出履歴から犯人を突き止める、という話です。

「セブン」という題はにキリスト教の七つの大罪から取ったもので
話しに厚みを与えているのだけれど、
私は、その事より、図書館履歴もすべて国に把握されている事に
衝撃を受けました。

事ほど左様に、ITというのは便利であるとともに
個人を監視の海に簡単に放り込んでくれるものなのですね。

だからといって、個人の活動を広げてくれるツールでもあるわけだから、
使わない、という手は全く無いわけだけど、
やはり注意深くつきあう必要はあります。

住所や電話番号はネット上に載せないのはもちろんの事、
自分の子どもや孫の写真は載せない(フェイスブックでも)
若い女性は自分の居所を逐次ツイッターなどで報告しない、
自撮り写真は慎重に、
など、個人の特定が容易になる事には
用心深くしてし過ぎる事はないと思います。

それにしても、日本はこんなに先進国なのに
ITに関しては後進国ですよね。
Wi-fiなどの設備も揃ってないし。

リスクは工夫して対応するにしても、
ベネフィット(恩恵)をもっと厚くして欲しいです。

特にオリンピックを本当にやるなら、
もっと日本中のネット環境整えた方が良いですよね。
それが一番のおもてなしかも。

「立って仕事」は、なかなか調子が良い。時間も上手く使える

いま、年末に出来なかった片付けをしています。
パソコンのデータ整理もあり、
北欧やシリコンバレーではデフォルテと言われる「立って仕事」
を取り入れてみました。
仕事もはかどるし、なかなかいい感じです。

今頃片付けをしているのは、
去年の10月から猫の入院、夫の入院が続いたことで、
年末に片付けが出来なかった理由としてまずあります。

と同時に、
時代がドンドン不穏当になって行くので
いつでも身動き出来るように様々な書類をきちんと片付けておこう
と思ったこともあります。

お金などもいつでもだせるように非常時用の口座を作ったり、
保険も最新ものにアップデートしたり。
そして、このブログのバックアップを作ったりしました。

このバックアップが大変でしたが、しかし、
バックアップを取りながら読み返してみると
改めてブログの記事は「自分の宝だ」と再認識。

以前はこまめにバックアップを取っておいたのですが、
最近はサボりがちで100以上の記事を保存するのは大変でした。

ずっとパソコン作業していると疲れるので、
「立って作業すると良い」と言う話しを思い出し、
キーボードとマウスだけ段ボール箱に載せて
立って作業をしていました。

これが良いんですね。

立って仕事をすると、何かものを取りたい時も
すっと動け、「面倒だからあとで」という事が無くなり
仕事が実によくはかどります。

さすがに一日立っていると、最初の二日ほどは足がむくみ腰が痛くなりましたが、
しかし思いがけず、
週の後半から、とても体調が良くなって来たのです。

また筋力がついて来たせいか、からだのバランスも
良くなって来たのです。

おまけにタッチタイピングもとてもやりやすい。

もともと、大きな絵を描く時には立って描いていますし、
スケッチなども座って描く事はあまりありません。
集中力が違うのですね。

とすれば、室内でのパソコン作業も同じようにはかどるのは
当然なのかもしれません。

「立って仕事、パソコン作業」は本当にすすめです。

大寒に トンボの枝先 春を待つ

俳句風の題名ですが、
今日1月20日は二十四節気(にじゅうしせっき)で言うと、一番寒いとされる「大寒」。
二十四節気は陰暦、と勘違いしそうです。しかし、
実は二十四節気は、太陽の運行をを元に一年をわけています。

陰暦は月の満ち欠けの28日を元にしています。
ただ、それだと、季節とのズレが出るので、
地球が太陽を公転する一年を24分割した二十四節気を目安としたようです。
もちろん実際には動いて見える太陽の運行をもとに
決めたのでしょう。
ですから、旧暦を正確に言うと「太陰太陽暦」となります。

一方、いま私たちが使っている新暦は
1582年ローマ法王グレゴリオ三世が導入したので
グレゴリオ暦、と呼ばれています。

すでに知られているように、二十四節気は立春から始まります。
その立春まであと2週間。
その来る春を待つかのようにトンボが擬態して越冬中のところを見ました。

ホソミオツネントンボ

このトンボは「ホソミオツネントンボ」というそうで、
オツネンは越年、つまり成虫で年を越す種類なのですね。
絵だとしっかりトンボだとわかるけど、
実際は長さ3.7〜4センチくらいで、
木の枝の色と同じなので、昆虫に詳しくないと見つけられません。
私ももちろんベテランの観察者に教えてもらいました。
その方曰く、3日前から同じところにいる、のだそうです。

夏にはキレイなブルーになるようで、
図鑑にはブルーの写真が載っていました。

今の時期は枝の茶色に擬態して、とても地味。
しかも、上の絵のように、
4枚の羽根が一ヶ所にキレイに畳まれ
からだの片側に寄せられ、離れたところから見ると
まさに小枝の延長にしか見えません。

人間世界の方は、冬の時代に入ったまま
立春が来ても春の雪解けが来るのか、と思われるような
混乱ぶりです。
すぐ不安定になる。
私は自然の営みに救われる日々です。

↓一年はなぜ365日なの?暦は人間の英知の賜物。国立天文台の暦計算室長の暦のあれこれ。

↓作詞家によるキラキラした言葉とキレイな挿絵。手元においておくと心が和むかも。

ブログを巡るあれこれ/小飼弾さんの「自分のメディアの時代」が私の原点

今月の25日で、ブログ開設後丸2年経過し、
3年めに入ります。

私がブログをやる上で、いつも念頭に置いているのが
小飼弾さんの「自分のメディアが持てる時代」という言葉です。

その言葉を聞いたのは、「朝まで生テレビ」の中でした。
多分、2003年か2004年くらいだったと思います。
現在の家のリビングで観た記憶があるので、
2003年より前ではないと思います。

その時の鮮烈な印象は今でも忘れません。
個人が発信できる時代の到来なんだ、
という驚き。

あの一言が私をネットに目覚めさせたと言っても過言ではないかもしれません。

その後、既存のブログサービスでブログをもったこともありましたが、
時間管理の難しさから削除してしまいました。

そして2011年の大震災と原発事故。
怒濤のような日々が始まり、
以前少しだけかじったHTMLとCSSをなんとか思いおこして
ホームページを作リ出しました。
その時の心境は「「分析は悲観的に、行動は楽観的に」にも書きました。

結局本格運営が始まるのは2013年1月でしたが、
遅れたのには理由がありました。
ドメイン名が決まらなかったのです。

ホームページを作るにあたってドメイン名に関して、
いくつか考慮したいと思うことがありました。

●覚えやすいこと
●海外の人でも分かりやすいこと
●プライバシーが簡単に分からないこと

ドメイン名は自分の名前や会社の名前を付ける人が多いでしょうが、
日本人の名前は、ローマ字でもなかなか読みにくいものです。
私は、せっかく世界に開かれているインターネットだし、
しかも言葉ではなく「絵」が主役なのだから
英語圏の人にも意味の分かるドメイン名にしたかったのです。

随分と自意識過剰、と思われるかもしれませんが
これにも原体験があります。
2000年に初めて米国のワシントンに行った時に、
あちらで会った人に「絵を描いている」というと
必ず「ホームページはもっているか?」
と聞かれたのです。

そのとき、インターネットが世界に開かれている事を肌で感じました。

「atelierofmadam」というドメイン名は、一般名詞と前置詞だけの組み合わせですから、
英語が読めれば簡単に覚えられます。
また、日本の方には「マダムかよこのアトリエ」と日本語で検索してもらえば問題ありません。
むしろアルファベット文化ではないので、その方が検索しやすいでしょう。

さて、このブログでは自分の書きたい事を書いてきました。
小飼弾さんの言葉を聞いてから10年以上経っても
なかなか「自分のメディア」として使いこなすのは大変です。
それでも、検索ワードを見ると実に様々な方面から検索されている事が分かります。

最近は映画「鳥の道を越えて」の映画評を書いたところ
映画のサイトにご紹介頂きリンクも張って頂いたので、
そこからの訪問者が増えています。
「秀作ドキュメンタリー映画 その①「鳥の道を越えて」」

NHKでポールスミザーが紹介されると
園芸関係のページのアクセス数が増えます。
雑草という名の草はない

また、梅雨くらいになると「草むしり」での検索が増えます。
一年で、庭が大変身!

昨秋は「オペラアイーダ」の検索で来る人も多かったです。
オペラアイーダ、キャンセル騒動

検索ワードを見ると、ネットといえども、
リアルトの関係でアクセス数が増える事が分かります。

というかむしろ、過去記事はリアルとの接点で読まれる事が多いのでしょう。
これも「自分の書きたい事を書いている」からだと思います。

ブログ運営に関しては、
「テーマを決める」という事が金科玉条のようにいわれるけれど、
むしろ「自分のメディア」と考えると
そんなにこだわらずに「全体で自分」そしてそれが読んだ人にも役に立ったり
ヒントになったりすれば儲け物、
くらいに考えておく事が長続きのコツかもしれません。

最近は、少し更新頻度が落ちていますが
やはりブログは更新頻度を上げないと、と思うこの頃。

3年目をむかえて初心に返ってブログを書いて行きます。
挿絵もお楽しみに!

いつもの光景が戻ってきました

毎年、年が明けると我が家の庭の金柑が熟れて来て、
ヒヨドリがそれを食べに来ます。

それをガラス越しに猫たちが興奮気味に監視する、
という冬の「いつもの光景」が戻ってきました。

2015013

「いつもの光景」と書くのには訳があります。

実は右側の妹猫が、10月の終わりに急に具合が悪くなり
手術入院をして二週間ほど我が家を不在にしていました。

また家に戻ってきても、エリザベスカラーをしているために
姉猫のマーマレードタビーとの間が
上手く行かなくなったり、
飼い主としてはヤキモキのこの2ヶ月でした。

しかも、11月の終わりには、家人も入院。
これは命に関わらない予定が決まっていたものでしたが、
やはりバタバタと年末年始を迎えることになりました。

このところ、ようやく妹猫も完全復活で、
最近は、二匹並んで朝一番でこの監視体制に入ります。

私も少し安心して、そろそろ人間用の金柑ジャムを作ろうかと
昨日、実を摘んでみたら、500グラムくらいしかありませんでした。
ヒヨドリの食欲は旺盛で、大きな熟れた実はあらかた食べられてしまいました。

ヒヨドリはもともとは山間部に生息していた鳥らしいですが、
雑食ということもあるのか、今は都会の代表的な鳥になりました。
尾が長く扇状に開きます。

我が家の周りには、メジロ、ハクセキレイ、
ムクドリ、シジュウカラ、といった鳥たちがやってきます。

人間世界が騒がしく、こんな平凡な動物たちの営みにすら
ホッとさせられます。

ところで、去年金柑ジャムを作るとき、三温糖の茶色の砂糖で煮つけたら、
う○こ色になってしまったという大きな失敗をしでかしたので、(笑)
今年は、しっかり白砂糖で煮ることにします。

<関連記事>
やっぱり猫が好き

今年はあなたも自分LOVE元年。自分を大切にして、行動しよう。

20140104

このイラストは今年の年賀状の図柄です。

さて、
フィギュアスケートの安藤美姫さんが恋人と赤ちゃんのスリーショットを
インスタグラムに投稿。

それが炎上しているみたいです。

また、スケート連盟も「イメージ」というわけのわからないものに
お怒りのようです。

自立して子育てしている女性が、
子どもを抱えて男性と交際する事が
なぜ、スケート連盟のイメージを悪くするのかチンプンカンプンです。

安藤さんは、未婚の母を選んだ時にもずいぶん叩かれました。
あのとき私は、子どもが生まれるのに祝福しない社会って、
かなり深刻、と思ったものです。

思い返せば、昨年は、日本の男尊女卑の体質が露になる事が
いろいろ起きました。

都議会での下品なヤジが問題になりました。
一方で、おにぎり女子が絶賛されました。
また、ホステス経験のある女性が女子アナ内定を取り消されました。
さらに、ろくでなし子さんは、2度も逮捕されました。

これらがなぜ問題なのかが分からない場合には、
逆の場合を考えてみればいいのだと思います。

もし都議会で、男性議員が女性議員に「種無し」とやじられたら
女性議員は、辞職に追い込まれたのではないでしょうか。
もし、女子サッカーの男子マネがおにぎりを2万個作って
進学レベルを下げたら、絶賛されるでしょうか?
成績優秀なイケメン男子アナがホストのバイト経験があるからと
内定取り消しになるでしょうか。
ろくでなし子さんのやった事が犯罪なら
秋祭りに登場する男根のお飾りや神輿はどうなるのでしょうか。
宮司が逮捕されたという話は聞いた事がありません。

私が特に問題だと思ったのは、おにぎり女子の話しです。
「本人が良いのならいいだろう」という意見があったのは知っていますが、
問題は本人ではなく、周りの大人です。

おにぎりを作るという事が、
進学のレベルを下げてまでやる事なのかどうか、
つまり人生のプライオリティを下げてでもやる意味のある事なのか
本人が判断出来ないのなら、周りの大人が、きちんと判断して
本人の将来への選択の道筋をつけるべきです。
それが教育者でしょう。

安藤さんの件といい、まるで
女性は自分の人生を主体的に大切に扱う権利がないかのようです。

ただ、これが隠しようのない日本の実態ですね。
私が最初に就職した時と何も変わってないです。

だから、とにかく日本の女性には、密かに、でも断固として
自分の人生を生きて欲しいです。

実は、女性だけではないのかもしれません。
男性自身が自分の人生の主役でないから
女性にも端役を担わせたいのかもしれません。

だとしたら、今年は自分LOVE元年。
自分を大切にして、行動しましょう。
他人はあくまでも他人です。

そう書くと、権利ばかり主張してエゴだ、
みたいなトンチンカンな反応がありそうです。

しかし、考えてもみて下さい。
自分を大事にしない人に、他者を大事に出来るでしょうか?
自分を慈しまない人に他者を慈しめるでしょうか。

去年の11月以来、スティーブン・コヴィーなどの
いわゆる人生ハウツーものの代表的な本を何冊か読んでいます。
読まないと批判も出来ませんから。

総じてこれらのテーマは二つあります。
「自分を大切にする」
「行動する。実践にうつす」。
細かい手帳の使い方とかあるけど、基本的には
ほぼこの二点です。

逆に言えば、自分を大切にしないで行動に移せない人がいかに多いのか、
という事でしょう。

安藤さんの記事にコメントを入れてディスる時間があったら
本でも読むか、ブログを書く方がずっと自分のためになります。

一人一人が自分を大切にするようになれば、
自ずと政治や社会の事にも興味が出て来るでしょう。
何故なら、それらが自分の生活と直結している事が
見えて来るからです。

自分LOVE。
それは自分自身を生ききる事です。

些細なことが完璧を作るが、完璧は些細なことではない

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

表題の言葉は、ミケランジェロの言葉です。

「些細なことが完璧を作るが、完璧は些細なことではない」
ネットで調べたら、

サミュエル・スマイルズという人の自助論 ~新訳完全版~」に出て来るようです。
グーグル・ブックスで少し読めます。

しかし、一方ドラクロワは
「何事にも完璧を求める画家は、何一つ成し遂げられない」
と言っています。

ドラクロワは
「民衆を導く自由の女神」で有名な、19世紀ロマン主義を代表するフランスの画家です。

上の二つの矛盾するような言葉ですが、
実は、同じ事を二つの方向から言っているように思えるのです。

「ひとつ一つ、小さな些細な事を丁寧に、積み重ねていけ」

こういう事だろうと思うのです。

一枚のデッサン、スケッチブックの片隅のエスキース、小さなイラスト。

それらは完璧ではないかもしれなけど、
いちまいいちまい些細な事に手をぬかずに描いて
いちまいいちまい積み重ねていけ。

千里の道も一歩から。

そうやって積み重ねていった先に出来る世界は些細な世界ではない。
そういう事だろうと思うのです。

東京港野鳥公園でボランティア活動をしている
グリーンボランティアの機関紙の表紙を描き始めて
3年経ちます。

リソグラフという昔の謄写版印刷のような手作りの機関紙で
表現に制約があり、それ故にいろいろ工夫を重ねて来て、
「スパッタリング」という方法にたどり着きました。

歯ブラシに絵具を付けて網で擦ると
キメの荒いエアブラシのような効果が出ます。
小さい時にやったことがある方もいるのではないでしょうか。
去年の一月から12月までをアップします。

ケント紙にグラフィックペン ケント紙にグラフィックペンと水彩 20140215

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どちらかというと、年末企画風ですね。
でも、
今年の目標を何にするにせよ、
疲れたり行き詰まったら、
「些細な事が完璧を作るが、完璧は些細な事ではない」
という言葉を思い出して欲しいと思い、
元旦の今日のテーマとしました。

何かを急にやり遂げられる人はいません。
ピカソですら、ただただ、ひたすら数をこなして
積み重ねていったからピカソになったのです。

絵だけではないのはもちろんです。
世の中が政治の不安定さやグローバル化で息苦しいですが、
どんな時も、目の前の事を丁寧にやって積み重ねていけば
何かあったときでも、自分がその時点での最高の状態でいられるはずです。

もちろん
最悪の事は考えておいた方が良いでしょう。
「突然事故にあったら……」
「家族が病に倒れたら……」(去年、10月から12月は我が家でも)
「大地震が来たら……」
「巨大な台風が来たら……」
「大雪に見舞われたら……」
原発が本当に再稼働するとしたら、近くの人はイヤでも
「事故が起きたら……」
と考えざるをえないでしょう。

そして避難経路の確認や水や食料の備蓄
家族の連絡方法、
手元のお金はすぐ引き出せるのか(これが意外に重要ですね)
そういった事はしっかり備えておいて、

でも備えたら、普段は忘れ
あとは楽しく、やるべき事やりたい事をひとつひとつ丁寧にやっていく。

忘れるなら、最初から考えなくても良いのでは、
という人もいるかもしれませんが、
備えておけばイザという時の機動力が違いますから
サバイバル力が1万倍くらい違うでしょう。

「どうせいつか死ぬから」という人もいるようですが、
備えれば生き残れる確率がずっと高くなるのですから
自分を粗末にしてはいけません。

というわけで、
しっかり備えて、あとは楽しく、
夢中になって目の前の仕事や課題を「丁寧に」
積み重ねていく。

もちろん、
何も起きないのが一番ですが。
それは祈るしかないというか、祈っても無駄なので、
備えて気にしないのが一番です。

2015年がみなさまに取って、幸多き一年であることを
祈念してやみません。