月別アーカイブ: 2014年11月

西脇市 サムホール大賞展、始まりました。私も出品しています。

兵庫県西脇市、と言えば、日本の「へそ」として有名です。
西脇市には、東経135度・北緯35度の交差点があり、
ここが「日本列島の中心」に当たることから、
「日本のへそ」のまちといっているようです。

また、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の主人公、黒田官兵衛の
生誕地が、西脇市黒田庄町黒田、ではないか、と言われているようです。
豊臣秀吉の天下統一を支えた稀代の軍師、黒田官兵衛。
その生誕地は・・・西脇市黒田庄町黒田。

その西脇市にある岡之山美術館で現在
サムホール大賞展が開かれています。
会期は11月16日(日)から12月14日(日)まで
公式サイト 開館30周年記念 第10回全国公募西脇市サムホール大賞展

サムホール大賞展は、ビエンナーレで二年に一回開かれる公募展です。

サムホール、とは絵の大きさの規格の一つです。
紙にA4とかB3といったような規格があるように、
絵画では、主に「号」という基準でキャンバスやパネルの大きさが決まっています。
一番小さいのが「0号」で18センチ×14センチになります。

サムホールというのはそれより少し大きく細長く、
22.7センチ×15.8センチ になります。

面白い事に、少し細長いだけなのに、
表現の幅が広がる不思議な大きさなのです。

私はこの大きさが好きで、よく作品にします。
そして、今回、私も応募してみたところ
作品が入選し展示されることになりました。
と言っても自分の目で見たわけではないのですが、
事務局からお知らせ頂いているので、そのはずです。

で、入選作品を、公開しちゃいま〜す。

和紙に水干絵具や岩絵具

和紙に水干絵具や岩絵具

題名は「Linkage」(繋がり)。

人も動物も生き物すべて、虫も微生物も、
「繋がり」の中で生きています。
ひとりや一匹で、あるいはその種だけでは決して生きられません。

例えば、食べるか食べられるか、という繋がり。
鳥が、羽化前のチョウチョの幼虫を食べて栄養を取るという繋がり。
その幼虫も実は、大好きな植物の葉っぱを食べて、大きくなります。
そして木の実を鳥が食べて、その種子(seed)を運ぶ事によって
その木は離れた別の場所で芽を出す、という事も起こります。
いずれにせよ
その種(species)だけでは生きられません。

さらに、種と種もそうですが、
種の中の世代間の繋がりもあります。
子を生み育て、年老いて死ぬが、その遺伝子は孫へと継がれて行く。

この視点で見ると、生態系の中でも、種の中でも
「死」は悲しいだけのものではない、と言う気がします。
「死」がなければ、次の「生」はないのが、地球上の生き物です。

描かれている頭骨は鹿のものです。
伊豆にシダ観察に行った時、川縁で拾ったもので、
拾ったときは泥に埋まっていました。
絵の中では確かに「死」の象徴ではありますが、
同時に、植物やそれと関わる昆虫たちなどの
生への場所も提供しています。

私はそんなことを考えながら描いていました。
鳥はアカハラ。
この絵はアイボリーの頭骨を活かすために背景の色を最初に決め
それに合う羽を持ったアカハラを配してみたのです。

さて、この公募展の入賞作品は立体もあり、バラエティーに富んでいます。
実は、美術家横尾忠則氏が西脇市の出身で、
氏はこの公募展の審査員でもあります。
この美術館は、横尾氏の作品の収蔵も目的としているのです。
1200点以上の応募の中から選ばれた200点。
多彩な作品を見るのが楽しみです。

<似たような記事>
タネの話(2)/ヒマワリのタネを食べるカワラヒワの図

秀作ドキュメンタリー映画 その①「鳥の道を越えて」

「人と生き物の古くからの繋がり」
「鳥や昆虫と植物の関係」

そんな普段当たり前で、
目を凝らして見ることのない自然の営みを映像につづった、
秀作ドキュメンタリー映画を、2回に分けて紹介します。

その①は1979年生まれで本編が監督作品第一作になる
今井友樹監督の「鳥の道を越えて」。
公式サイト「鳥の道を越えて」

その②は1941年生まれのベテラン、スイス人の
マークス・イムホーム監督の「ミツバチの大地」。
公式サイト「ミツバチの大地」

おもしろいことに、
生まれも文化の土壌も全く違う2人の監督ですが、
実はどちらの映画も、監督自身の祖父との会話から
映画作りが始まっているのです。

また、両作品ともに、古くからの生き物と人間の関係を扱いながらも、
最新のラジコンヘリコプターなどを使って撮影しており、
以前なら関わる人以外見ることができなかった
鳥やミツバチの生態を映像で見る事ができます。

それだけでも、どちらも見る価値のある作品です。
しかし、二つの作品の趣は全く違います。

まず今日は、「鳥の道を越えて」です。

この映画を見たいと思ったのはもちろん私が鳥を好きだということがあります。
と同時に、そのタイトルに引かれました。
詩的でふわっとイメージがわいて来るタイトルでした。

鳥を見ていると、確かに彼らには空の透明な道が見えているのだ、
と思うことがあるのです。

鳥がその道を通ってシベリアから旅をするように
監督はおじいちゃんから聞いた
「あの山の向こうに、鳥の道があった」という言葉で
鳥を巡る旅を始めるのです。

その旅は8年にも渡ります。
村の古老や元教師などを訪ねて話を聞きます。
あそこに誰それがいる、と聞いては出かけて行きます。
そして、一冊の写真集に出会い、そこからまた様々な発見や出会いが生まれます。

それはさながら「鳥の道があった」という言葉に導かれて謎解きをして行く
推理小説のような旅です。
思わぬ文化や鳥と人との繋がりが少しずつひもとかれて行きます。

さて、
ここから先はネタばれになるので、見ると決めた方は下の鳥の絵までスキップして下さい。
また、採録シナリオは読み物として、出版されています。

監督が糸をたぐって行くと、監督の出身地である岐阜県の東濃はカスミ網による
渡り鳥の捕獲を生活の糧にした生活文化がかつてあったことが分かります。

そして、そのカスミ網を張る場所が「鳥の道」だったのです。
空が真っ暗になるくらいに渡りのツグミなどが来ると
一日に数百羽も取れたとか。

海がなく、猪などを食べる風習がなかったために、鳥は大事なタンパク源だったということ。
しかし、自然保護を理由に昭和22年にカスミ網は法律で禁止されます。
当時のGHQの方針だったようです。

しかし、このカスミ網は鳥を傷つけずに捕獲出来るために
現在は鳥の個体調査に使われていて、
英語の文献にも”mist net”と載っているそうです。

そして映画は、現在のその個体調査のためのカスミ網の様子、
調査官が目印のリングを取り付けて放鳥する手際などを
山科鳥類研究所の協力を得て、克明に見せてくれます。
私自身はこの場面が非常に面白かったです。

特に、調査官が鳥の羽を扇のように広げて見るところなど、
ああやって見られれば、克明にスケッチ出来るなあ、などと思ったり。

カスミ網の密猟は近年まで続いたそうで、
この話題は今までだと取り上げにくいものだった事は
容易に想像がつきます。

しかし、若い今井監督は、お爺ちゃんの言葉に触発された好奇心と
先入観のない取り組みで、その歴史や人々の関わりを淡々と描いて行きます。
すごいな、と思ったのは、監督のスタンスが自然で、
誰かを悪者にするような決めつけがなく、見るものに判断を任せている事です。

また、囮(おとり」と呼ばれる鳥と人間の関係など
昔の人の知恵に驚かされました。
そして、珍しいツグミの声も聞けますよ。

ただ、カスミ網が禁止されても、自然保護が叫ばれるようになっても
悲しい事に、いま鳥の数は減って行くばかりのようです。

さて、この映画で名前や姿が出てくる鳥たちのいくつかのイラストです。
他にもシロハラやアトリが出て来るのですが、
残念ながら私のスケッチブックにはまだ加わっていません。
カモはアップで写ったのが緑色の頭をして首に白い線があったので、
マガモかな、と思いましたが、定かではありません。

ヒヨドリ

ヒヨドリ


ツグミ

ツグミ


カワラヒワ

カワラヒワ


メジロ

メジロ


マガモ

マガモ

ところで余談です。
この映画は語っていませんし、これは私の推測ですが、
GHQがカスミ網を禁止したのは、多分、リョコウバトの絶滅の歴史が関わっている感じがします。
アメリカでは20世紀の初頭に、億単位で生息していたリョコウバトという鳥が
乱獲のために絶滅した、という苦い歴史があるのです。

人間の破壊のチカラの凄まじさは想像を超えていて、
このリョコウバトなど北アメリカで一番生息数が多いと言われていた鳥だったそうですが、
アッという間に絶滅します。
ナショナルジオグラフィックのサイト リョコウバト、100年ぶりの復活へ

さて、
今日、見たかったのでなんとか時間を作って映画館に行ったのですが、
モーニングショーである事と、地味なドキュメンタリーということもあるからでしょうか、
観客が少なかったのがとても残念でした。

上映後、監督自身がご挨拶されたので、少しお話しさせて頂きました。
それもあり、
是非週末には若い方達にも行って頂きたいと思い、
「ミツバチの大地」の方を先に見ていたのに
こちらを先に記事にしました。

週末にはトークショーもあるようです。
お薦めの一作です。
お時間があれば是非どうぞ。

ドキュメンタリー映画関連の記事
ルーブル美術館の秘密
陸軍登戸研究所

的確な日本経済分析。「投資家の視点」という考え方が新鮮。瀧本哲史著「僕は君たちに武器を配りたい」

瀧本哲史著「僕は君たちに武器を配りたい」を読んだので、
簡単な書評を。

現在の厳しい日本経済を包括的かつ的確に分析しつつ、
若者が生き残るにはどうしたらよいのか、
京都大学で「起業」について教える瀧本哲史氏の
若者にエールを送る著書です。

著者は東大を出てマッキンゼーに就職したという
きらびやかな経歴の持ち主。
なので、資本主義経済にあまり疑念を持っていないため、
資本主義経済の中で、いかに個人が「攻撃は最大の防御」として戦って行くのか、
という視点に貫かれている本です。

まず簡単に資本主義経済に至る世界経済の歴史に触れ
そして日本の現状分析をして行きます。
残念ながらそれは決して明るいものではありません。

しかし、それを嘆いても仕方ないのだから
なんとか活路を自分で見いだして欲しいと、
具体事例をあげて主張を展開して行きます。

著者の主張の幾つかを記しておきます。
1)日本経済は実は今まで護送船団方式で、本当の意味での資本主義ではなかった。そしていま、真の資本主義の荒波に呑まれている。その真の姿を見極めよ。
2)真の資本主義社会では、自分の頭で考えないと、DQNビジネスのカモになる。
3)真の資本主義社会では投資家的思考が必須である。
4)自分も「商品」である。
5)イノベーションとは違うもの同士の結合である。
6)スペックより教養こそが重要。

特に3)の「投資家的視点」は、今アベノミクスで株高がもてはやされているけど、
少し意味合いが違います。

株を所有するという事は、お金を儲けるだけではなく
「投資家的思考」を手にする事だ、
と説きます。
つまり労働の対象として企業を見るだけではなく、
自分が企業から果実をえられる立場になることだ、
と言うのです。

私はこの企業に「投資家的視点」を持って関わるという発想が新鮮でした。
著者は「投資」と「投機」は違い、前者は資本主義経済の牽引役、
後者はパチンコと同じようなギャンブルだ、と定義します。

株に関しては、個人で持つ事は薦めないと言いつつ、
自分の投資の方法を具体的に説明しています。

それは、とてもシンプルで、知らない人の株は買わない、と言うものです。
少し前に、ジム・ロジャースという大物投資家のインタビューを聞いたとき、
ジム・ロジャースも同じ事を言っていました。

結局、証券会社が「どこそこが上がりそうですよ」なんていうのを信用しちゃダメで、
自分でひと手間も二手間もかけて調べて納得したものだけに
投資します。
その調べ方も具体的に書いてあります。
しかも、一度買ったら長く持ち続ける、というのが著者の
投資方法みたいです。

なお著者のプロフィールに「エンジェル投資家」とありました。
どうやら、「創業間もない企業に対し資金を供給する富裕な個人のこと」のようです。

もう一つ大きな本書の特徴は、懇切丁寧に各章の終わりに、大きな文字で
「ここまでに手に入れた「武器」」として纏めがついています。

それだけ読めば良さそうなものですが、
意外に、本文の何気ない一文にハッとするものがあるのです。

「分からない差異は差異ではない」のである。それより、「色がたくさん選べる」といった、はっきり目で見える差異の方が、よっぽどユーザーに取っては大事なのである。
(p.67)

こんな一文にビジネスのヒントがあるような気がしました。

ところで、この本は、若者のために書かれたものですが、
同時に、現状の日本経済にたいして正確な認識があまり出来ていない、
40代以上の人たちにも読んでもらいたいですね。
ちなみに「生産性の低い40代50代社員が幸せそうにしている会社には入るな!」
というセンテンスもありました。

エッセンシャル版、も出ているようです。

なお、この本でかなり残念だと思ったのが、そのタイトル。
一見して経済の本と分かりにくいのは、自分も商品、と言う著者らしからぬネーミングだなと思いました。
で、★四つ。★★★★

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