月別アーカイブ: 2013年9月

小さな虫博士や鳥博士を応援する/小さなスイカと虫の図

週末は、稲刈りでした。

私達大人はもっぱら子どもたちのサポート。
子どもたちが刈った稲を、去年の稲藁を使って束ねます。
稲を刈る作業は鎌の使い方が分かれば
子どもたちでも問題無いのですが、
束ねる作業はかなり力がいるので、なかなか大変。

さて、刈る前の田んぼや周りの草むらは昆虫の宝庫。
子どもたちは、カマキリやイナゴを上手に捕まえて
虫かごに集めます。
これは帰る時に放します。虫のキャッチアンドリリースですね。

で、私はちゃっかり、子どもたちの集めて来た
虫さんたちを、スケッチさせてもらいます。

ところが、描いていた私の絵を覗き込んで、
「下手だね」という男の子がいるのです。
あれれ〜と思っていると、
「足にはもっととげがあるよ」とか
「目はもっと横だよ」と教えてくれるのです。

話を聞くと、
小学校4年生で一年生のときから区の絵のコンクールに
虫の絵を出して、銅賞、銀賞、そして金賞、と総なめにして来たらしいのです。

実は、子どもの中には、
こういう「虫博士」や「鳥博士」がいて
よく知っているだけではなく、絵も上手な子どもが時々いるのです。

鳥博物館でも、
「ワライカワセミはオーストラリアにしかいないよ」などと
教えてくれる男の子がいました。
その子どもは、見ないで、
「これはユリカモメ。こっちがセグロカモメ」
と違いも分かるように描いてくれました。

こういう子どもたちは、一様に図鑑が好きで、よく名前を知っていて、
毎日見ているから、絵も描けるんですね。

そういう子どもたちに会う度に、
好きなことをこのまま続けられると良いな、
と思うのです。

解剖学者の養老孟司さんが、小さい頃は昆虫少年だったと言っていますし、
昆虫や鳥の観察は、科学者の第一歩でしょう。

このあと、中学に行ったり、大学受験など
様々な人生の関所が待ち構えていて、
「末は博士か大臣か」何て言われた子どもも
普通の大人になるのかもしれません。
(最も大臣なんて、今はありがたくもないですけどね。)

ま、人の人生はわかりません。
いろんなノウハウ本が出ていて、
人生は思いのままにコントロール出来るかのような風潮ですが、
実際は、自分が選べることは、そう沢山ではありません。

それでも、今一生懸命、鳥の名前を覚えたり、昆虫の絵を描いている子どもたちを
心から褒めて応援したいと思います。

たくさんの「自慢できること」は子どもたちを元気にするし、
強くもするでしょう。

実は、小さいときから、目上に褒められたこと、
というのがほとんど無い私です。
大学の進路を決める時には、
「色彩の才能がないから絵には行くな」とまで、高校の絵の先生に
言われたくらいです。

実はこの先生、私が美大を出てから、
手紙をよこし、「あのときは悪かった」と謝って来たのですが、
なんて残酷なのか、と怒り心頭になった事もあります。

私の個人的な経験だけではなく、
社会全体が、いいところを見るより、
負の部分を直すことに重きが置かれ過ぎていますね。

「子どもは未来」。
この当たり前なことがこの社会に根付くのはいつでしょうか。

子どもたちとの交流では、
絵を描いているとすぐお友達になります。
一期一会でたいしたことは出来ないけれど、
一緒に楽しめればいいのかな、と思っています。

紙に色鉛筆、水彩、グワッシュ

紙に色鉛筆、水彩、背景はグワッシュ

さて、今日の一枚は、小さな胴回りの直径が8センチくらいのスイカに
ナナホシテントウとショウリョウバッタを配してみました。

そう言えばテントウムシは子どもたちにすごい人気です。
カマキリも大きくて捕まえやすいこともあるのかもしれませんが、
大人気でしたね。

カマキリは以前、こちらでアップしています。

   

みずほの国の秋

みなさん、お元気ですか〜。

私は先週末くらいから夏の疲れが出たみたいで
身体の節々が痛くだるく、更新が空いてしまいました。

実は、それだけではなく、
生活のリズムも朝型に変えていたのです。

ホームページを作り、特にブログを始めてから、
毎晩夜が遅くなっていました。
ネットをやっているといくらでも夜更かし出来ちゃいます。

もともと睡眠時間はあまり長くない方なのですが、しかし、
夜更かしが続くと、朝が遅くなり、一日があっという間に終わってしまいます。

なんとかしたいと思いつつ、夏の間は、
暑いだけで生きているのがやっとという状態でした。

このところ涼しくもなってきたので、夜の熟睡度も上がり、
6時前から作業が出来るようになってきました。

ようやく生活が朝型リズムにのって来ました。

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さて、4月に始まった田んぼ作りも、いよいよ稲刈りです。

刈り取り寸前の田んぼの様子を見てきました。
稲穂は落ちんばかりに実っていました。

まさにみずほの国の秋ですね。

紙に水彩と色鉛筆

紙に水彩と色鉛筆

書きたいことはいろいろあるけれど、
せっかく稲のスケッチをアップしたので、
ゆっくり見て行って下さいね。

ではでは。

魚,草花,猫,秋の展覧会3つ/センニンソウとキタテハの図

芸術の秋です。

日本の近現代の画家の展覧会を3つご紹介します。
連休にいかがでしょうか。

残りの会期が短いものから紹介して行きますね。

まずは、魚の絵。
東京ステーションギャラリーで、明後日23日まで開かれている
大野麥風展「大日本魚類画集」と博物画にみる魚たち
から。

これは、私は今日見てきました。

前半は日本の草本学や博物画の展示です。
特に39歳で2001年に亡くなった
甲殻類の博物画家、杉浦千里は一見の価値ありです。
杉浦千里作品保存会サイト
アクリル絵の具で描かれた写真かと見まごうばかりの
細密画は海外での評価も高いようです。

で、後半の『大日本魚類画集』も見応えあります。
というか、私は、細密な標本画にも脱帽なのですが、
動いている魚の一瞬をとらえた『大日本魚類画集』がとてもお気に入りです。

大野麥風さん、最初は地味な絵描きさんだったようですが、
関東大震災で関西に越してから、釣りを始め
魚にのめり込んだようです。
実際、素潜りなどもして観察したみたいで、
ラッセンの日本版とでもいいますか、
ダイバーが潜って描いたような魚の表現が
生き生きしている上にユーモアラスでもあり
とても楽しいです。

実際、魚とか鳥とかって正面から見ると何ともいえず
間抜けて可愛いんですよね〜。

また、版画の横に、魚類学権威の田中茂穂と
釣り研究家の上田尚の解説がついていて、
それが、難しい分類の話から
「子どもを生んだら逃がして、種の保存は大切」
といった今的な内容まで多岐に渡っていて、
つい読むので、結構見るのに時間がかかるかも。

それから『大日本魚類画集』の揮毫は谷崎潤一郎なんですが、
その字が柔らかくて、とてもいいのです。

東京ステーションギャラリーは
丸の内北口を出てすぐ左手に入口があります。
出口が二階で、例の新装開店の丸天井の回廊に出られます。

私は、以前フィレンツェに行った時、サンタマリアデルフィオーレの
丸天井に登ったことを思い出してしまいました。

さて、二つ目の展覧会は、草花です。
東京国立博物館の秋の特別展示で、酒井抱一の「夏秋草図屏風」が見られます。
重要文化財、と言っても、
絵的には普通の雑草が描かれているだけなんですが……。 

私は大好きなんです。

何気ないつる草が茂っている様子とか、
シダが繁茂している様子に心うち震えてしまう私としては、
一押しです。

尾形光琳の金屏風に対しての銀屏風、という見方が
一般的美術史的な見方ですが、
私的には、何気なくて蔓延るので見向きもされない雑草、
つる性のクズとかコヒルガオ、それにヤマユリを心憎いまでに
さりげなく作品に高めた一品です。

会期が短くて、9月29日(日) までです。
お見逃しなく。

最後は猫です。
東京近代美術館で開かれている、竹内栖鳳展 近代日本画の巨人
http://www.momat.go.jp/Honkan/takeuchi_seiho/index.html

代表作《班猫(はんびょう)》も重要文化財。(山種美術館蔵)
猫好きにはたまりません。
この画家の観察眼もすごいものがありますね。
ただ、竹内栖鳳は特段に猫好きだったというわけではないらしく、
猫を描く為にこの猫を飼った、といわれています。

とはいっても、古今東西猫の絵や彫刻は数あれど、
エジプトのバステト神、
ロートレックの黒猫のポスター、
などと並んで、この絵は傑出しているような気がします。

こちらは9月25日から展覧会終了まで見られるようです。

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さて、私の今日の一枚は、
「センニンソウと キタテハ」
です。
センニンソウは花の盛りは終わりかもしれません。
つる性で、十字の真っ白な花は顎だそうで、
またきれいですが、有毒らしいです。
きれいなものには毒がある、というわけですね。

紙に色鉛筆、水彩

紙に色鉛筆、水彩

今週は更新はこれまで。
連休開けにお目にかかりましょう。
ではでは。

中秋の名月に

今日は中秋の名月。

すっかり晴れて、今夜はいいお月様が見られそうです。

気候も凌ぎやすくなってきました。
暑さ寒さも彼岸まで。

今週に入って、私がよく行く東京港野鳥公園で、
田んぼの畦にヒガンバナが咲き始めました。

ヒガンバナは、花が咲く時、葉はありません。
その鮮烈な赤い花が群れて咲く様子は
初秋の典型的な風景で、「ああ、もう秋だな」
とちょっとため息をついたりします。

田んぼの畦に植えられるのは、
ヒガンバナが他の植物の成長を阻害するアレロパシーを
出すために、雑草が生えにくいからだそうです。
実際、球根は有毒です。

田んぼから少し離れた雑木林では、キノコがあちこち
顔を出し始めています。

中秋の名月というと、やはり、ススキとウサギさんでしょうけど、
私は、公園で見たヒガンバナとキノコという題材を
月に配してみました。

moon001

これはテングタケのような気がしますが、
だとすれば、やはり有毒だそうです。
自然も自分たちの身を守るのに懸命です。

ところで、中秋の名月は満月とは限らないようです。
でも、今年はちょうど満月だとか。
満月の光量は太陽の46万5千分の一だそうです。

このわずかな満月の光だけで写真を撮っている写真家がいます。
石川賢治さんという方で「月光浴」シリーズとして発表されています。
宙の月光浴: Space of Spirit

京都月光浴

サイトはこちら↓
http://gekkouyoku.com/index.html
月の光のブルーが本当にキレイですね。

では、素敵なお月見になりますように。

若者の街、原宿にある浮世絵の美術館

原宿のケヤキ並木はスカウトのメッカです。

スカウトとおぼしき人たちは、見かけはごく普通のお兄さんたち。
ケヤキの木の下の柵にズラリと並んで
何気なく人通りを見ている風ですが、
歩いている私の前をツツツと進んで、
左手前の女性に近づき声をかけます。
その近づき方が、実にタイミングがよくて、
芋を洗うように歩いている人の群れに
ぶつからずに、お目当ての女性に近づくスキルはさすがです。

見ていると、その左手前の女性は何人ものカメラマン(女性もいます)
やスカウトとおぼしき人たちに声をかけられています。

斜め後ろにいる私は、顔が見えないので、
きっと魅力的な顔立ちなのだろうと、
見てみたい気もしましたが、
目的の通りへの角を左に曲がらなければならず、
断念しました。

私が向かったのは、
浮世絵の美術館「浮世絵 太田記念美術館」です。

私設ですが、約14,000点もの浮世絵を所蔵している美術館です。
原宿という地の利を生かして、海外からの
観光客も大勢訪れています。

今、太田記念美術館では「歌川広重」をやっています。
あの、東海道53次で有名な広重です。

今回の目玉は「月に雁」
知らない人がいないくらい有名です。

今でこそ、この構図を見てはっとする人は少ないでしょうが、
当時は、満月をすっぱり切り落として、
望遠レンズで捉えたかのような雁をを斜めに配した大胆な構図は
本当に新鮮だったと思います。

この大胆な構図は、まさに広重の真骨頂です。
今展覧会では、この他にも、「紫陽花に川蝉」「雪中蘆に鴨」
などが陳列され、鳥と植物を配した、いわゆる「花鳥風月」の世界が
展開されています。

なんだか古そう……。

と思われるかもしれませんが、
デザインとすらよべるその斬新な構図と大胆な遠近感、
そして確かな描写力は、魅力に溢れ、都会的ですらあります。

繊細でありながら、リズミカルな筆さばきは、
西洋絵画の、対象を塊で表現する対局ですが、
実はしっかり目では塊で捉えているからこその、匠の技です。

目からのインプットと手によるアウトプットの間に
脳内で二次元変換による研ぎすまされた線が生まれるのです。

特に、鳥はじっとしていません。(当たり前ですが)
私は自分が鳥を描くようになってよく分かるのですが、
カメラもビデオもない時代に、
絵描き達はどうやって飛んでいる鳥を描いたのだろう、
と心から脱帽です。

伊藤若冲が庭にニワトリを何匹か飼ってひたすら観察して描いたことは有名です。
しかし、雁や川蝉は野鳥です。手元に置くわけにはいきません。

考えられることはただひとつ。
やはりひたすら観察したのでしょう。
目も良かったんだろうな、と思います。

それでも水鳥は、水に浮かんでいる時は割合と楽に観察出来ますが、
川蝉の素早い動きの様子など、ナショナルジオグラフィックの
カメラマンもビックリの一瞬を捉えています。

さらに想像するに、死んだ鳥を観察したりして、骨の仕組みを知って、
目の記憶と重ねあわせたりしたのだろう、
とは考えられます。

しかし、そういったしたであろう苦労や陰の努力なんて微塵も見せない
大胆な構図と、筆に足があるのではないかと思われるような筆致は
私達を魅了してやみません。

この展覧会は26日(木)まで。
700円と手頃な入場料と、広すぎない展示スペースが手軽で、
原宿に行った時にちょっと寄ってみるのはいかがでしょう。

来月は、漫画のルーツと言われる「笑う浮世絵ー戯画と国芳一門」です。
こちらも楽しみ。

なお全国には、広重を収蔵する美術館がいくつかあるので、ご紹介しておきます。
那珂川町馬頭広重美術館(トップページの落款は「月に雁」にも使われています。)
静岡県東海道広重美術館
中山道広重美術館
広重美術館

手作りも絶滅危惧種?

枕カバーがヨレヨレなので、
新しいのを作ろうと思って、お気に入りの布屋さんのHPを見たら、
7月に閉店していました。

そして、なんと、渋谷の駅前の老舗の生地屋マルナンも明日16日で閉店とか。
東京新聞にも取り上げられていましたが、
あそこは、演劇の衣装やスタイリストなどプロも使っていたので、
これから本当に困るでしょうね。

枕カバーは布を封筒状に縫うだけだし、
頻繁に洗うものなので、
いつも自分の好きな模様の安い生地を、
まとめて買って縫って使っていました。

以前は、スカートもほとんど自分で縫っていました。
筒状に縫って、ウェストにゴムを通すだけ。
裁縫とも呼べないものです。
市販には合うサイズがないので(日本人は痩せ過ぎ)
また、クィーンサイズやマダム向けのものは
デザインがいま一つのものが多く、
好みの布で作ったものでした。

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「手作り」が危ないな、と最近思っています。

布製品だけではなく、スーパーに行くたびに、
野菜や肉などの生鮮のコーナーが
レトルトや加工済み素材に、押されて
小さくなって行きます。

女性も働いているから当然なのかもしれません。
ただこのままで行くと、
大企業ビジネスだけの社会になって行くな、と感じています。

それでなにか問題でも?
と思う人も少なくないでしょう。

大企業ビジネスで稼いだお金で、
大企業ビジネスが建てたマンションに住み、
大企業ビジネスで作られたデパ地下のお惣菜を勝って食べ、
大企業ビジネスで作られた洋服を着て、
大企業ビジネスで作られたテレビを見て笑う。

それの何がイケナイの?
と思う人も沢山いるでしょう。

ただ生きながらえて行く分にはそれで良いのかもしれません。
もしかすると、それが21世紀にライフスタイルなのかもしれません。

でも、なにか、釈然としないのです。
個人が、丁寧に生活を送ることが難しくなっています。

そんなの単なるノスタルジー?

・・・かもしれません。

極端に言うと、今の生活は、パソコンのキーが打てて
スマホでスクロール出来れば、
あとはお金さえ払えば、それで事足ります。

当たり前じゃない。
サービス残業をしてくたくたになって帰るのに
何言っているの?

便利、バンザイ。

・・・・・

社会が、企業の提供するサービスにあまりに依存して
 企業社会化が進むと、
求められるのは効率だけになるということです。
企業は、利益を上げるために極限まで効率化を図ります。

気がつくと、私達人間にも効率だけを求める社会になっているかもしれません。
労働者としては極限まで効率化を求められ、
仕事以外では、私達に求められるのは消費者としての行動だけ。

そして、採算が合わないものはすぐ撤退します。
大きなスーパーがやって来て、小さな小売りがつぶれ、
採算が合わなくなるとスーパーが撤退したあとには
お店がないので、ネットで買うしかない、
みたいなことになって行きます。

それが21世紀社会なのでしょうか。
それがグローバル社会なのでしょうか。

しかし、手を使わなくなると人間は、
毛のない猿とさして変わらなくなって行くような気がします。

人間を人間ならしめたのは、
二足歩行によって前足が手として使えるようになったからです。
手は身体の外に出た脳、ともいわれています。

文明が進みすぎて、
人間自身が退化する方向に文明が向かい始めているのかもしれません。

過ぎたるは及ばざるがごとし。

この流れは止められないとしても、
丁寧に日々を送ることはやはりお金とは違う豊かさを
私達にもたらしてくれるはずです。

実るほど、頭を垂れる稲穂かな

実りの秋です。

いよいよ、稲穂もたわわに実ってきました。
今月の終わりには稲刈りです。

まさに、
「実るほど、頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」
の図です。

ああ、最近の偉い人たちに聞かせたい言葉ですね。

紙に顔料ボールペン

紙に顔料ボールペン

稲の下のキノコはカラカサタケ、
バッタはショウリョウバッタです。
畑をポーンポーンと飛んでいました。

ではでは。