日別アーカイブ: 2013年9月7日

今も昔もゲーム感覚のエリート達。快作「陸軍登戸研究所」を見て。

以前、ツイッターでちらりと見て気になっていた
ドキュメンタリー映画「陸軍登戸研究所」を見てきました。
http://www.rikugun-noborito.com/

かつて,第二次大戦中に,風船爆弾とか偽札を作っていた
陸軍の秘密機関についてのドキュメンタリーです。

全編、関係者の証言で埋められており、
制作者の余計な予断や憶測がほとんど無い優れたフィルムになっています。

ドキュメンタリー映画「陸軍登戸研究所」予告編

一言でいえば、お薦め。3時間が長くないです。
体験した人の話は凄みがあるし説得力があります。
でも,同時に不謹慎だけど、笑っちゃえるんです。
人間の日常というのは戦争時でもなにか滑稽です。

また、歴史修正主義者達にも是非見てもらいたいです。
人体実験の時など、最初は良心がとがめても
だんだん慣れてくる話など、誰もが鬼畜になりうる戦争の本質が見えてきます。

引退を表明した宮崎駿の「風立ちぬ」は
あまり触手が動かなかったのですが、
この「陸軍登戸研究所」をみて、陸軍がせっせと風船爆弾のようなものを作っている間に
空軍はどういう風にゼロ戦開発をしたのか,急に興味がわいてきたので、
「風立ちぬ」を見てみたい,と思いました。

このフィルムが,ドキュメンタリにありがちな「説教くささ」がないのは、
日本映画学校のカリキュラムの一環として、
戦争や策謀には無縁の若い女性達が全くの個人的興味から、
ある意味「白紙」で取り組んだからでしょう。

「陸軍登戸研究所」の存在は以前から知られていたものの、
戦後の徹底した証拠隠滅により,その実態は分かっていませんでしたが、
登戸研究所のあった現在の生田の地域の人々の掘り起こしなどから、
様々なことが分かってくるようになったようです。

この地域の保存活動に参加し市民ガイドになった人も若い女性で、
なんだか、戦争を知らずに「強いニッポン」とか言っている男性達と
思わずその心の有り様を比較しそうになりました。

その地域の人たちと粘り強く歴史や証言者を掘り起こしたのが、
明治大学の渡辺賢二氏。

陸軍登戸研究所と謀略戦: 科学者たちの戦争 (歴史文化ライブラリー)’:渡辺 賢二

1950年に登戸研究所の跡地は明治大学に買い取られ
生田校舎が生まれます。
そして、2010年には「明治大学平和教育登戸研究所資料館 」が誕生します。
http://www.meiji.ac.jp/noborito/index.html

映画を見ながらメモしたので、
いくつかのエピソードを書いてみます。
多少ネタバレになります。

風船爆弾は直径10メートルなんですが、
なんとそれを和紙とコンニャク糊で作ってしまうのです。
バラストやその頃世界最高性能の高度計などをつけた風船爆弾は
偏西風にのって、大西洋を渡り300個くらいはアメリカについたようで、
爆弾も破裂し、何人かアメリカ本土の民間人が死んだそうです。
一人の証言者である女性は、10年くらい前にその慰霊にアメリカを訪ねています。

それから、偽札作りは、戦後、占領軍に重宝されるほどの技術だったようです。
占領軍が何に利用したかは、証言者も「墓場まで持って行く」と言って口をつぐみます。
で、なぜ偽札を作ったかというと、兵隊さんに食料などの兵站を補給する
物資がなかったので、その偽札を使って、侵略した地で調達させるためだった
というのには、思わず笑ってしまいました。

まるでバーチャルゲームみたいな感覚です。
しかし、確かに、将校達はゲーム感覚だったのだろう、
と思ったのは、将校たちは、戦争中なのに羽布団で寝たそうですし、
また、夕食には女子挺身隊が嗅いだこともないような良い匂いをさせて食事をしたそうで、
その匂いを嗅いだ女性は「日本は負ける」と思ったそうです。

そういう証言をする人たちも、
思い出話のひとつという感じで話すのですが、
一様にいうのが、
「あんなことは無駄だった」という一言。

核爆弾を開発する国に、一枚一枚糊付けした風船爆弾を飛ばすことを
真剣に考えたり、
占領した上海をインフレを起こせば中国のダメージになるだろうと
せっせと偽札を作って、北京周りで持ち込んだり、

その上、負けることは予想していたので、
最後は、占領軍が上陸しても水道に毒を入れて殺し、
そうすればもちろん国民も死ぬんだけど、
自分達は濾過装置を作っって生き残るつもりだったとか、

徹底的にデティールの細かさにこだわって意味のないことに磨きをかける様は
ほとんどギャグだなあ、と思ってみていました。

ただ、このデティールの細かさとそれを磨く技術というのが、
日本の戦後の高度成長の繁栄を支えていたんだと思いました。

でも、この国を引っ張る人たちって、
戦争だけでなく大きな国家100年の計みたいなパースペクティブな絵は描けないので、
今みたいな大きなものの見方が必要なときは右往左往しちゃうのでしょう。

語り継ぐ、ということがとても重要であることを
証明してくれている映画です。

ユーロスペースでの上映は終わりましたが、
アップリンクや埼玉神戸などでも上映されるようです。

国防軍が必要、というふうに思っている人にこそ見て頂きたいですね。

7年という歳月をかけて、地道に証言者を探し、撮影し、
編集をした製作者達に敬意を表します。