月別アーカイブ: 2015年6月

出来ました!マダムかよこのセルフマガジン

野外スケッチやらホタルの観察会に出かけていたら
来月1日〜3日に出展する「クリエイターEXPO」用の冊子の編集が
ギリギリになってしまい、
慌てまくっていましたが、
ようやく、出来上がってきました。

selfmagazine
このセルフマガジンに関しては、
「好きを仕事に」をテーマに書き続けておられるブロガーの「かさこさん」
が無料配布されているセルフマガジンから、たくさんのアイデアを頂戴しました。

かさこさんには二年前の春、かさこさんのオフ会でお目にかかっていて、
その後もブログをよく拝見しています。

かさこさん関連の記事
実は原発を断った町が34もある。 / サザンカのスケッチ
ネット時代の個人のチャレンジを可視化「かさこマガジン」のポジティブさ

で、「セルフブランディングのノウハウ」がつまった
かさこさんのセルフマガジンを手元に置いて、
ひたすら真似てみました。

「人の真似するなんて」と言われるかもしれないけど、
物事はとにかくまず真似から始まる、
と思っています。

それに。かさこさんは、役に立ててくれ、とすべてのノウハウを
ブログに上げ、しかも、セルフマガジンに掲載して配布してくれるのです。
むしろ、せっかくのノウハウを使わない方が申し訳ない。

そのかさこさんがブログで大公開している「セルフブランディング11か条」。
1)好きをテーマにブログ作成
2)印象的なペンネーム
3)ユニークな肩書き
4)インパクトのある名刺
5)SNSでつながり拡散
6)強みのわかるプロフィール
7)ホームページ
8)無償で実績作り
9)セルフマガジン配布
10)オフ会、勉強会、講演開催
11)書籍出版
となっています。

中身の詳細を知りたい方は、かさこさんに申し込めば無料で
詳しく解説したセルフマガジン送ってくれますし、
DVDも購入できるようです。

私はと言えば、知恵を絞って
それなりに9)まで、なんとかたどりつきました。
個展を10)と考えれば、残りは11)。
11)は相当ハードル高そうですね。

というわけで、今回は、掲載作品から執筆、編集、デザイン、DTP、
と自分の持てるチカラの全てをセルフマガジンにつぎ込んでみました。

本当は12ページにして、もっと沢山の作品を掲載したかったのだけれど
時間も足りなかったこともあり、
とにかく第一歩を確実に踏み出そうと、
8ページにして、ギュッと詰め込みました。

作りながら痛感したのが、かさこさんがたびたび書いている、
「セルフマガジンは自分の棚卸し」ということ。
編集している間に、自分の強みやアピールポイントについて、
また、反対に弱みもよく見えてきます。
自分を「客観視」せざるを得ないわけです。
今の言い方だと「他人目線」を獲得する、ということでしょうか。

さて、1日からの「クリエイターEXPO」、展示物は既に発送しました。

こういう関係者が一堂に会して、
名刺交換だけではなく、実際に商談をする、
というビジネススタイルを「コンベンションビジネス」
と呼ぶようで、日本はこの分野は遅れているみたいです。

こういう形態の展示商談が個展と違うのは、
自分を他者と差異化させる必要があること。
しかも、商談をするわけだから、他者の役に立つことでなければならない。
まさに、セルフブランディングです。

初めて展示会参加の私は手探りで、何が求められているのかは予想もつかない。
ただ、言えるのは、私にはいわゆる「かわいい」系は無理だということ。
ということで、キャッチコピーは「やすらぎのエレガンス」。
肩書きは「エレガンスアーティスト」。

はたしてこれがいいのかどうか。
よくわからけれど、分るまで待っていたら来年になるので、
今後は軌道修正しながら、バージョンアップしていきます。
まず第一歩は踏み出せたのだから、よしとしたい。

蓄積されたノウハウを惜しげもなく大公開しているかさこさんには
本当に感謝の言葉しかありません。


芒種/末候「梅子黄(うめのみきばむ)」

6月16日から21日までは、
24節気72候の「芒種(ぼうしゅ)」の末候第27候「梅子黄(うめのみきばむ)」です。
20150618

前回は小満の第24候「麦秋、至る」でした。
このペースだと、
72候を一巡するのに、3、4年かかりそう。(笑)
というわけで、気長におつきあいください。

さて、「芒種(ぼうしゅ)」の「芒(のぎ)」は
イネやムギなどイネ科の植物の持つ細いヒゲのような部分のことです。
wheat
この時期、ムギは刈り取り、イネは田植えです。

「梅子黄(うめのみきばむ)」はまさに青い梅が黄色く熟して来ること。
青梅には毒があるので、生では食べず、梅干しにしたり
梅酒にしたり。

私は、梅酒作りとともに、花から描いていたアンズを
絵にするだけではなくジャムにもしてみました。
黄色い花は「昼咲き月見草」。最近はエノテラ・レモンドロップ、という
洒落た名前がついています。
アンズも梅も露地物で栽培物ではないので、
余りキレイではありませんが、
ジャムにも梅酒にも特に問題はありませんでした。
20150618apricot

↓砂糖とレモン汁を入れて煮始めます。
20150618_1

↓結構アクが出ますね。丁寧に取ります。
20150618_2

↓20分くらいでほぼジャムになります。
20160618_3

出来上がり!
20150618_4

金柑ジャムのときのように、是非ラベルを作りたいと思っています。

参考サイト
暦生活


一週間の断食で体調は絶好調。でも、一ヶ月の「不食」をやる勇気は無し

俳優の榎木孝明さんが
5月20日から一ヶ月の「不食」をされていて、明日18日に終わるそうです。
榎木孝明、30日間「不食」生活中!摂取水だけ

これを見て、思い出しました。
私、若かりしころ、一週間の断食をやったことがあるのです。

ひとりじゃとても出来ないので
小豆島まで行ったのですが、
さすがにもう無いだろうと思って検索したら、
まだ、断食道場ありました。
五色県民健康村健康道場

道場長 医学博士 笹田信五先生もお元気そうで。

そもそも、最初は、ヨガに興味を持って
ヨガ道場に行くようになって、
どうも断食というのはとても体に良いみたいだ、
という事で、五色健康村に行ったのです。

榎木さんは、全然平気みたいですけど、
私は若かったこともあるけど、
やはり、一週間食べないのはなかなか大変です。

で、食べない間、時間があるだろうといろんな本を持ちこんだのだけれど
結果的にやったことは、
健康村にあった料理のレシピをひたすらノートに書き写す、
という作業。
「断食が終わったら、これを食べるんだ、あれを作るんだ」
と思いながら書き写していました。

もちろん、水は飲みます。
榎木さんも水だけで大丈夫みたいですね。

しかし、何が大変って、想像以上に元の食事に戻す「復食」が大事(おおごと)なのです。
まず、ジュースから始めて、おかゆにして、
一週間ぶりのごはん、って食べちゃうと一分で終わってしまって。
空になったお茶碗眺めて、次の食事の時間まで、ひたすら待つ。
まるで修行僧みたい。
断食した長さと同じ時間かけて復食して行きます。
ある意味食べないより辛い。

大体、断食を自分でやって失敗するのは「復食」に失敗するみたいです。
うっかり冷蔵庫を開けて、全部食べてしまって
とんでもないことになるとか。

ただ、本当に体調は良くなりました。絶好調と言ってもいいくらいでした。
榎木さんが体調がいい、と言うのも、まんざらやせ我慢でもないと思います。

たしかに現代人は飽食ですし。
人類が誕生してほぼ飢餓に苦しまなくなったのはこの数十年でしょう。
江戸時代もずいぶん飢饉に見舞われています。
いまでも一日5ドル以下で暮らす貧しい人々はいるわけです。

今は断食も不食もしませんが、
基本的に、お腹がすかなければ食べません。
朝ご飯は必須、というけど、
私にとって、夜食べて、寝て、起きて、朝食、
というのは食べ過ぎの感じ。

一日24時間のうち、エネルギーの摂取(食事)が8時間、
それを消化し栄養として取り入れるのが、8時間、
そして消化したものの残滓をしっかり出すのに8時間。
私の体はそんなリズムです。

そして断食のキッカケとなったヨガも何となく続けています。
最近はそれに体幹トレーニングが加わりました。

長友体幹トレーニングは非常に肩凝りにいいので、
朝の気持ち良い目覚めを想像するとやらないわけに行かなくなって来ています。
お腹すくまで食べないのもその方が気持ちいいから。

常識と違うかもしれないけど、
私は自分の体の声を聞くようにしています。

ところで、断食中に書き写したレシピノートですが、
普通に食べるようになってから一度たりとも開いたことはありません。
人間って不思議ですね。

<関連記事>
見つめる鍋は煮えない

「体幹トレーニング20」(長友佑都著)は効く。どうすれば継続できるか?


頭と体が繋がった時、見えないものが見えてくる

昨日の午後、数年ぶりにヌードクロッキーのデッサン会へ行ってきました。
あまりに久しぶりなので、描けるかな、とドキドキ。
20150614back

しかし、心配無用でした。
むしろ意外なことが起きたのです。
以前は見えなかったものが見えて来たのです。

これは5分間ポーズで描いたもの。
色のついた紙に、白いコンテで骨格と筋肉を捉え、
鉛筆で二次元の境界線、つまり線描を入れました。

そして面白いことに、以前見えて来なかった、肩甲骨や背骨や骨盤が
皮膚の上からぼんやりと見えて来たのです。

なぜならば、このところ時間を見つけては人間の骨格を
紙に描いて再現していたからだと思われます。
ボチボチやっていたら頭に入っていたのでしょう。
20141223d

まさに
「見えないものが見えて来る」感覚を味わったのです。

人体デッサンは若い頃からやっているし、
人体の骨格だって知らないわけではなかった。

しかし、
見て描いて、心でデッサンする
で記事にしたように、見ないで描く練習を時間を見つけてはやっています。
そうやって実際に紙に再現して描いていたことが、とても効果があったのだと思われます。
特に人間のヌードは、骨や筋肉が複雑に絡んでいますから。
頭で考えたことを紙に描いて再現する座学と、
モデルさんを前にして描く実践の両方が必要なことを痛感しました。

頭と体を繋げること。
それが出来た時、見えないものが見えて来るのでしょう。

私が使っている美術解剖学の本です。

<関連記事>
見て描いて、心でデッサンする


60歳からの挑戦、8年かかってフランスの美術館で個展。現在92歳。

今日は、大学の恩師で、染色家柚木沙弥郎氏のお話を聞いてきました。

92歳にエネルギーをもらってきました。

若い頃のお話もされましたが、
最も言いたいと思われた部分を書いておきます。
60歳から挑戦して、海外の美術館に自分の作品を所蔵してもらうまでになる話しです。

氏は二十代の終わりから大学教員として後進の指導に当たりながら
創作を続け、学長も務めたあとに定年。

定年後、これまでと同じ仕事をして自分の模倣になるのはイヤだから、
どうしようと思っていた時に
ある作品に出会い、生命力と自己肯定が重要であること、
そしてもっと自分をオープンにすることが大事だと気付かされます。

そこで、自分をオープンにするために
海外に出て個展をやろうと挑戦することにします。

というのも、日本で個展をやると、知り合いばかりに見てもらうことになるので
純粋に知らない人に見てもらいたいと思ったと。

場所はパリ。
パリが好きだから。

そして、パリには、専門家もまた個人でも美術に目を開かれた人たちが少なからずいるから、
ということでした。

パリの画廊を自分で歩いて、自分の作品展を開くように説得します。
しかし、染色、つまり布を芸術として扱ってくれるところは無く、
門前払いを食らいますが、諦めずに、パリに行く度に
ギャラリーを回り説得をし続けます。

その結果ようやく一件ギャラリーが説得に応じてくれ、
開催の運びとなります。
個展も好評を博し、「another of art」と扱ってくれるようになったそうです。

で、普通の人は、パリで個展を一回やると満足しちゃうけど、
柚木氏は3回ギャラリーで個展をやったそうです。

そしてついに、クラフト関係の美術館で展覧会を開くことになります。
それまでに8年かかっていました。
そして美術館の館長はその間、4人替わっていたそうです。

そして、2014年にはフランス国立ギメ東洋美術館に作品が所蔵され、
展示会も開かれました。(既に終了)

実は私の友人が、一回目の個展にパリ見学を兼ねて行っていたので、
当時断片的に話しは聞いていましたが、
そういう事だったのか、と今日の話しを伺って納得。

柚木氏は
「若い人は野心を持つべき」
といいます。

私もそう思う。

今は格段に世界への挑戦へのハードルが低くなっています。
ネットを見ると、世界中にクリエイターが溢れています。
あの中からどうやって取り上げてもらうようにするのか、と思うけど、
ひたすら作り、ひたすら現実に動くしかないでしょう。

ところで、以前このブログで取り上げた河井寛次郎の話しを
柚木氏が今日もされていました。

河井寛次郎が人前で器に筆で模様をサッサと描いて仕上げたのを見た人が
「30秒で出来るのですね」と言ったら、
「60年と30秒です」と答えたというのです。
一生に渡ってのたゆまぬ精進こそが、作品に反映するのだという事です。

悲しいことだけれど、下手すれば、再び戦争に巻き込まれる可能性も
出てきました。
「海外に自分の作品を分散させる」という事も重要になるかもしれません。
あんまり考えたくないですけど、真実から目はそらせません。

いずれにせよ、作品を作り続けましょう。

そして、人間として、戦争に抗いましょう。

あ、言葉の勉強もしておいた方が良いですね。
頑張りましょう。

<参考記事>
一点ものの絵の価格についての試算


ザハ・ハディッドって女性だったの?

実は、今日知りました。

あの物議を醸している新国立競技場のデザインをした建築家
ザハ・ハディッドって女性だったんですね。
あの巨大さは男性の設計と疑いもしませんでした。

で、興味がなかったから他の作品見たことなかったのでけれど、
今ざっと見て、

「メンテナンスにお金かかるなあ』

というのが一番の感想。

私は若いころ、建築CADのオペレータをしていて、
ホテルの設計図などを描いていたことがあるので、
多少は想像がつくのです。

ザハ自身、長い間、実際に建てるというより、建築思想家みたいな立ち位置だったみたいですね。

すごすぎて建築できない建築家【ザハ・ハディド】まとめ

直線的なデザインは重力に逆らうだけが主題みたいな感じですが、
曲線を多用した作品は非常に魅力的なデザインだと思いました。
ただ、実際に作ったり構造計算した人は大変だったろうな、と思いますが。

実際、こんなニュースも。
恐怖!! ザハのビルから巨大なコンクリートが落ちてきた

で、国立新競技場は、ザハとの契約を解約するとかしないとか、
やっぱり時間ないから、このまま行くとか。

もう迷走しっぱなし。

しかし最新のニュースでは、こんな感じ。
新国立競技場「設計、ゼロから見直さない」 下村文科相

私は、あと5年であの建物を作るのは到底無理だと思います。
屋根がないなんて、東京の夏で、ありえないですし。

建築費も膨大の上、都に拠出せよなんて言い出したことに対して、舛添都知事は、
ご自分のブログで「憲法違反だ」と。
新国立競技場建設と憲法

もともと「アンダーコントロール」という大嘘ついて招致したオリンピックですから
順風満帆に行くわけないです。

今更やめるのは信用無くすとか、下村文科大臣は言っているようですけど、
原発事故の対応などを見ている海外からは多分日本人が思う以上に日本はすでに信用なくしていると思うので、
もっと素直になったほうがいいような気がします。

でもずっと見ていると、「自分の間違いを認める」ということができないんですね、日本は。
さっさと間違いを認めて、出直すのが一番。

ザハのデザインがあの神宮の景色に合うとは思えない。
彼女の設計は、広大な砂漠の地のようなところで初めて生きるのでしょう。

実は、ザハと同じくプリツカー賞を受賞している日本建築界の重鎮槇文彦氏が
下記のような提案をしているのだけれど、メディアでどのくらい報道されているでしょう。
世界的建築家・槙文彦氏「日本チームで作る」…新国立設計

東日本大震災でまだ仮説住宅にいる人いるのに、
原発も燃料がどこ行っちゃったかわかってないのに、
自分たちのメンツのためだけに、日本を変な方向に持っていくのはやめてほしいです。

選んだ道が間違っていたら止まる勇気を持たないと。
迷走ぶりを見ていると、70前も似たようなものだったんだろうな、
と想像ついちゃうのが、歴史に全然学んでなくて悲しいです。

なお、この新国立競技場の問題に関しては、建築エコノミストの森山さんのブログが問題点の指摘から
解決代替案までのせていらして、読み応え満載です。
建築エコノミスト 森山のブログ