カテゴリー別アーカイブ: 景観

ビックリ!海水浴場をコンクリートの堤防で囲んでどうするの?

結構ビックリしたのですが、
今,伊豆の下田で、820メートルの海水浴場に
高さ13メートルの堤防を作る話が出ているのだそうです。

知ったのは,廣瀬俊介さんというランドスケープデザイナーの方のツイッターから。

「NSA日本サーフィン連盟 東京支部」
署名活動への協力をお願いします(伊豆半島沿岸海岸保全基本計画への見直しを要請する署名活動)

リンク先の「NSA日本サーフィン連盟 東京支部」のサイトに行くと
経緯が書かれていますし、署名用紙も用意されていますが、
私が調べた事も少し記しておきます。

まず静岡県の当該計画のサイトはこちら

計画の概要が分かるPDFファイルはこちら

まず場所です。
下田の位置。伊豆半島の突端です。
スクリーンショット(2016-01-26 23.44.03)

問題の場所。多々戸浜と吉佐美大浜の間ということで、
地図で見ると、弓形に弧を描いた海岸が分ります。
スクリーンショット(2016-01-26 23.45.21)

航空写真だとこんな感じ。オーシャンヴューが売り物のホテルも浜の中央にあります。
スクリーンショット(2016-01-26 23.47.24)

ホテルのサイトから見る海の写真。
このホテル、吉村順三の設計なんですね。

で、県の計画はこんな感じ。上記、県の概要からです。
スクリーンショット(2016-01-26 23.53.27)

道路も何も通っていないところに道路付きの堤防を作るということでしょうか?
この絵だと,右側が海、堤防をはさんで左側が内陸です。
スクリーンショット(2016-01-26 23.55.51)

もう少し詳しく調べてみたいと思いました。

上記の県のサイトの下の方に
「伊豆半島沿岸海岸保全基本計画(変更)」という項目があり、PDFファイルの二つ目の12ページに当該の地図がのっていました。
第1篇第3章-1(PDF:9,932KB)

この地図です。
スクリーンショット(2016-01-27 23.48.00)

上の航空写真と組み合わせてみました。
20160127_mix

地図の凡例を見ると肌色の部分は堤防です。
スクリーンショット(2016-01-27 23.27.36)

間違いなく、観光ホテルが建つ海岸に
二ヶ所「堤防・護岸・胸壁」の計画があります。

「伊豆半島沿岸海岸保全基本計画」とは名ばかりで、
海岸景観破壊計画とすら言えると思います。

津波から守るという名目ですが、
地元は,景観の問題だけではなく
観光業は死活問題なので、「自然災害は受け入れます」
という署名を出しているそうです。

地元が必要の無いものを作り、
環境をズタズタにするのみならず
そこに住む人たちの生活基盤まで奪う事業。

静岡県もどうしたのでしょう。
富士山の見える三保の松原が「世界文化遺産構成資産」になっていますが、
このような事業をすすめて恥ずかしくないでしょうか。

静岡県がやるべきは、堤防ではなく
高台への避難所作りとか、ホテルなどへの訓練の徹底ではないでしょうか。

それによく見ると、砂浜を堤防で囲うために
内陸側に行くためには階段なりを登って堤防を越えるのでしょうが
もし地震が来た時、海外にいる人がその階段や行き来の出入り口に殺到したら
かえって危ないのではないでしょうか。
堤防と海の間に人が閉じ込められる可能性すらあって,危険ではないかしら。

なんだか、とても変な計画。
以前の記事でも書いたけど、コンクリートではなく、
植林などの方法で凌げないのでしょうか。

是非皆様も、
「NSA日本サーフィン連盟 東京支部」さんの署名サイトを見て、
協力出来る方はお願いします。

署名活動への協力をお願いします(伊豆半島沿岸海岸保全基本計画への見直しを要請する署名活動)

———-
<追記>
フェイスブックでシェアして頂いて,たくさんの方に読んで頂いています。
ありがとうございます。
是非、署名にご協力頂けるよう、よろしくお願いします。

伊豆のサーファーの方のブログも訪ねてみてください。

また,管理人は、突然のアクセス数にビックリしていますが、
このブログは3年ほどゆるゆるとやっています。
時々覗いて頂けたら幸いです。

世界の中心で輝きたいなら、大丸心斎橋の保存くらいしなければ恥ずかしい

日本がまさに世界の中心で輝く

とか、年頭に首相が言ったようですが、
ほとんど20世紀の遺物のような言葉だし、
心斎橋の大丸くらい保存できないような国は世界の中心に輝くなんてこと
永遠にないですよ。

オリンピックに1兆8千億円もかけるなら、
大丸のビルくらい買えるでしょ。

大丸という一企業に、耐震設備を整えて
あのビルを維持しながら経営を続けるのは難しいでしょうけど、
国ならオスプレイ一機節約するだけで
移築ぐらいできるのでは?

そのくらいの価値はあるし、
むしろ「文化」こそがこれからは
一番の付加価値になるはず。

大丸も出来るだけの事はするようです。
外壁を保存したり,一階部分は残せるものは残して使うようです。

大丸心斎橋店本館の建て替えに向け着々!外装・内装ともに保存へ

しかし,もったいない。
全体として細部にわたって目配りをされた建築を
部分としてしか残せない事は本当に悔やまれます。

文化では食べられない、
という人は、銀座や世界中の
メインストリートにあるブランドのビルを思い出して下さい。
まさに、歴史的文化と資本主義が上手く結びついたのが
ブランド商品です。
しかも,その多くがうまく手仕事を残し活かしている。

なんと最近は,エルメスのバーキンは純金より投資価値がある、
とまでいわれています。

株や純金より…一番優良な投資先は「エルメスのバーキン」と判明?

資本主義的には、欲しい人の数より商品が少なければ
価値はドンドン上がります。

しかし,この国では、
一度作ると減価償却を待つだけの
コンクリート製品にはお金を出すけれど、
年月とともに価値を生む「文化」には見向きもしない。

今は,こういうプロジェクトにお金を注ぎ込んでいる。
震災5年目の今【写真特集⑤】(上)海と陸を隔てる巨大防潮堤 東北の被災地で進む建設

この防波堤は愚かとしか言いようがありません。

狭い国なのに日本は土建国家として、
国土のあちこちを切り刻み、
原発を林立させ、
防波堤で海すら見えなくする。

何故こうなるか。
新しいものを作りだしたり考えなくて済むからですね。

防波堤ではなく植林によるやり方だってあったはずですし、
今は、研究も技術も進んでいて,数年あれば立派な森にすることができるのです。
しかし、コンクリートで埋めれば手っ取り早くお金に出来る。
そのデメリットとツケは全部子孫に回して。

先にも書いたように、
資本主義的にいえば、作られるものが消費者より少なければ価値が高まります。

明治になって世界から来た人は
日本の奇跡のような手仕事に驚き目を見張ったと言います。
何故そういう価値のあるものを捨てて来たのか。

日本は明治で工業国家を選んだわけですが、
他の先進国が同時に文化は捨てなかったのに
日本は積極的に捨てて来た。

クールジャパンではアニメを日本の文化とか言っていますけど、
宮崎駿さんのアニメが海外で評価が高いのは
そこに日本独特の自然と文化が描かれているからです。
ディズニーと同じなら,ディズニーで良い。

日本ブランドに対して勘違いしている人が多いような気がします。

これは今に始まった事ではないですね。
今では,多くの浮世絵などが日本の外で所蔵されていますが、
その価値がよく分からずに手放したものも少なくありません。

もっとも、地震や災害の多い,小さなこの国の中に収蔵しておくより
リスクヘッジになるので,今としては良かったのかもしれませんが。

ツイッターでたくさん大丸心斎橋店の写真が流れていたので、
載せますね。

こうやって見ると、
本当に素晴らしい建築で、日本のみならず
人類の宝と言っても良いですね。

風景がきれいに見える交差点《ラウンドアバウト》に期待

交差点に信号を作らず、
円形のスペースを作る交差点「ラウンドアバウト」が
日本でも本格的に導入されるみたいです。

環状交差点ラウンドアバウト 来月施行 改正道交法で整備へ

以前、モンサンミッシェルにパリからバスで行った時
パリ市外を出ると、多くの交差点がこのラウンドアバウトで
「雰囲気良いなあ」と思っていました。

当時は私は「ロータリー」と呼んでいましたが、
交差点の真ん中のスペースや周りに花が植えられていてとてもきれいでした。
それに、信号がないため、景色がとてもスッキリと見えるのです。
特にフランスは平野の多い国ですから
牛が草を食むような広い牧草地に
ヤドリギのある雑木林が点々と連なっている様子は
映画の一シーンのようでした。

車両の交通量の少ない地方の町で
車が来ないのに赤信号で待たなくてはならないのは
時間の無駄だし、イライラするし、
信号に使われる電気代もバカになりません。
信号を作るために、田んぼの真ん中に建てられた不細工な
電信柱と信号機が、周りの景色に残念感を与えています。

だから日本でも交通量は少ないけれど車が必須な田舎こそ
その風光明媚な風景を生かす上にも
ラウンドアバウトを取り入れてほしいものだと思っていました。

リンク先のニュース記事では災害時の混乱減少など
もっぱら実利が説かれて道路交通法改正に至ったようですが、
確実に風景もきれいになると思いますね。

日本は自然はきれいなのに
人工物が風景を壊しているケースが多すぎます。

これを機会に、どぎつい色の広告の看板や
電信柱による風景の価値の減少などにも思いを馳せてもらいたいものです。
そして少しでも「景観」という概念が根付けばいいな、と思います。