絵画をめぐる心理劇

今日は
トレイシー・シュヴァリエ(Tracy Chevalier )著
“Girl With a Pearl Earring” (邦題:『真珠の耳飾りの少女』)
をご紹介します。

以前ちょっとご紹介しましたが
読了しましたので、書評を。

いうまでもなく、フェルメールの代表作
『真珠の耳飾りの少女』(オランダマウリッツハウス美術館所蔵)
を題材にしたフィクションです。
映画ではスカーレット・ヨハンセンが主人公を演じているようで、
そんなところから何となく「恋愛物」だと思って読み始めたのですが、
むしろ絵画をめぐる一風変わった心理劇、という趣きです。

主人公は父親のアクシデントから、フェルメールの家に
奉公に出ることになったGriet。
わずか16歳の少女なのだけれど、
自分の不利な状況を、その度ごとに見極めて
ひとつひとつ乗り越えて行く賢い少女。
この少女をめぐる周囲との静かな心理劇。

面白いのは、人間模様の描写だけではなく、
当時の絵画制作における絵の具の作り方の描写なども
出て来るところです。

今私達は、絵の具はチューブに入っているもの、
と思っていますが、もちろんこれは、近代になってからのこと。
顔料も現在は合成ですが、当時は天然のものばかり。
本の中にもフェルメールが好んで使ったラピスラズリを
細かく摺って色を作って行くと、その青のあまりの美しさに
主人公が心を動かされる様子が描かれます。

また、フェルメールはカメラの前身である
カメラオブスキュアを使ったともいわれていて、
主人公がフェルメールと一緒にその不思議な箱を
覗くシーンも出てきます。

つまり、フェルメールのファンなら、ワクワクするような仕掛けが
詰め込まれた小説なのです。

フェルメールの作品が次々と描かれて行く様子も
語られ、フェルメールの画集を側に置いて読んで行くと
楽しみが倍増だと思います。

また、主人公の性格描写などが具体的で、
英語でもイメージしやすく、
しかもそれらと先に述べた様々なディテールと響きあって
少しずつ少しずつ話は針の先を突き刺すような、
緊張感が高まって行きます。

原題の ”Girl With a Pearl Earring” も不思議です。
なぜなら、イヤリングは普通両耳につけるから複数のはず。
この謎も、本を読めば解けます。

カトリックかプロテスタントか、という
私達からすればあまり興味がわかない部分も実は
重要な秘密が途中で明かされたりもします。

文学的にすごく重要、という本ではないですが、
17世紀のオランダの町や人々の様子や風俗と
ちょっと知的な芸術家の生活を鮮やかに再現してくれた一冊です。
そしていつの時代も変わらぬ人間の理不尽な心の描写も見事。

英語も、作者の文体に慣れると、
私でもスラスラ読める難易度です。

少し古いヨーロッパに興味のある方や、
人間の心の彩の英語表現を増やしたい方には
楽しめる一冊ではないでしょうか。

ところで、Grietは「真珠の耳飾りの少女」の
モデルになるのでしょうか。
それは読んでのお楽しみ。

絵の具の話に付け加えると、
今は油絵も水彩絵の具もチューブ入りですが、
実は日本画では、今も絵の具をすり鉢で摺って
膠(にかわ)で溶きます。
日本画を見る機会があったら、是非思い出して下さい。

翻訳は↓ こちらです。

↓ 分かりやすいフェルメール解説本。図版もキレイです。