カテゴリー別アーカイブ: 社会や時事関連

これからを考えるヒント

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最近読み終えたばかりの本です。

私は今年の1月に文庫版が出たのでそちらを読みました。

この本は、311以前に書かれた本ですが、311以降の日本の行く末を考えるヒントが示されています。

平川克美氏は、未来は誰にもわからないが、現状をキチンと認識することが唯一未来に繋がる事だ、と繰り返しこの本の中で述べています。

平川氏はエマニュエルトッドなどを引用して、もう経済成長戦略自体に無理があることを説いています。平川氏は以前からこの説を説いているらしく、かなり批判が寄せられるそうです。だから「わかる人にはわかるが、わからない人にはわからない」と、かなり諦め顔(って顔が見えるわけではないけど)。

また、この本では、戦後史をイデオロギーだけではなく、かなり様々な位置、例えば中小企業の経営者などの視点からまとめているところがユニークで、読むに値すると思います。これは私にとってもとてもありがたい部分でした。結局日本の戦後の繁栄というのは米ソの冷戦があったから謳歌出来たのだ、ということがよく分かります。

対して、成長戦略を掲げるアベノミクスのバックボーンになったのがこの本です。(私は読んでいないので論評出来ません)

こんな記事もネットで読めます。
浜田宏一・内閣官房参与 核心インタビュー「アベノミクスがもたらす金融政策の大転換インフレ目標と日銀法改正で日本経済を取り戻す」

震災と原発事故の対応を見ていても、いわゆる既得権益的おじさんたちが、露ほどにも平川克美氏的思考を持っていないことは明らかですが、一歩引いて考えれば、平川氏のいうことが冷静な意見のように見えてきます。

まわりを見ると中国やインドなどアジア圏が伸びているから、何となくまだ「夢よもう一度」があるように感じるのでしょうが、実は日経新聞を読むと中国も人件費が上がりだして、外資がより人件費の安い地域に移っているそうです。中国やインドより先を行く日本が、少しずつ平川氏のいう「成長無しでもほどほどにやっていける経済」にシフトしていくことは、30年後40年後への布石につながるような気がします。

さらに平川氏の説に付け加えるのならば、私自身は、もっとシンプルに考えて地球が有限である以上、人間活動が拡大路線をずっ〜とえがき続けるのは無理があると思うのですが、どうでしょうか。

さて、「忘却」は人間の優れた能力ですが、絶対に忘れてはならないことがあります。
私は時々、牛が食べ物を胃の中で反芻するように、あの日の事や原発の事故を思い出すようにしています。そうしないとどんどん記憶が風化していくからです。

そんな原発事故を経験してもほとんど変わることのなかった(ように見える)日本が、平川克美氏の説くような方向に大きく舵を切ることを、未来の選択の一つとして考えられるのか?

いずれにせよ現状認識はキッチリすべきだろうな、と思います。

なお、311について英語でも記事を上げました。
The March 11th Comes Around.

サーバーのアクセス解析を見ると、英語記事が読まれているようなので、ちょっと緊張!しますが、インターネットの醍醐味ですね〜。

平川克美氏のほかの本も紹介しておきます。

私は以前この本を読みました。この時はじめて「平川克美」という人の論考に注目したのでした。

今日も3月11日を中心に行われる行動についてのお知らせを載せておきます。
“Every action counts.” です!

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備前の器

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今日の素描は備前の花瓶です。

良い器は心を鎮めてくれます。

20130304

ある陶芸家の逸話が好きです。

その陶芸家が人前で器に筆で模様をサッサと描いて仕上げたのを見た人が
「30秒で出来るんですね」
と言ったら、

「60年と30秒です」
と答えたという話。

話としては出来すぎていますが、でも、こういう凛とした話しは好きです。

この週末は、凛とした姿勢で改めてこの二年の社会の動きを振り返る機会にしたいと思います。

英語に
“Every action counts.”
という素敵な言葉があります。
「すべての行動に価値がある」という意味です。

一方日本語には「しかたがない」という言い方があります。
実は英語のwikipediaにこの言葉がのっている事をご存知でしょうか。

“it cannot be helped” or “nothing can be done about it”と説明されています。

こうやって英語で訳してみると、ふだんから何気なく使っていますけど「しかたがない」と言う言葉が「凛」としていない言葉に思えてきます。

今日も3月11日を中心に行われる行動についてのお知らせを載せておきます。
“Every action counts.” です!

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では。 

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ルーブル美術館の秘密

今日は「パリ・ルーヴル美術館の秘密」というドキュメンタリー映画のご紹介です。
DVDが出ているようですが、中古しかないみたいなのが残念ですね。

ヨーロッパ文化の(そして多分政治や外交にも通じる)強さと精神の厚さの秘密に迫る秀逸なドキュメンタリーです。

絵や芸術に特段の関心がない人でも、面白く見られる映画です。
ただ、中古が高いので、地域の図書館などで借りられると良いですね。

内容は、ルーブル美術館の裏方の取材です。
ルーブル美術館について何かを語るのは不要でしょうが、しかし、美術館がどのように運営されているかは、意外に知られていません。

あの巨大なルーブル美術館の展示室は実は、10キロ以上に渡る裏の廊下の方が長くて、迷路のようになっていて、一万段以上の階段があり、1200人もの人が働いているのだそうです。

ルーブル美術館は昔は宮殿でしたから、裏側があるのは当然ですが、その裏通りにまるで一つの街があるみたいです。

迷路の先の部屋でコツコツと古い絵を修復する人、
裏打ち職人や大理石職人に金メッキ師、
パルテノン神殿の柱のように巻かれた巨大な絵を前にどうやって運ぶか悩む人たち、
実に沢山の絵が立てかけられたり、巻かれて、保存されている倉庫の様子、
巨大な絵を乗せられる工事現場のようなエレベーター、
電気工事の担当者に音響の専門も、
そして夜だけ働く人たち、
消防士、
2800室分の鍵もあるので錠前師もいます。

ルーブル美術館の真の担い手は、モナリザやレンブラントの絵を守るこの専門家集団なのだ、と納得するはずです。

映像がきれいです。そしてほぼ全編で映像が主役です。コメントはほとんど入っていません。
ライトを使わずに撮ったという画像は柔らかです。
夜の場面は、美術館には昼間しか入れないのですから、実際には見ることの出来ない貴重な映像でしょう。夜ですら、監督はライトを当てなかったそうです。

監督のニコラス・フィリベールはドキュメンタリーでは実績がある人ですが、最初に頼まれた仕事の撮影にルーブルに行き、その仕事が終わってもしばらく許可なく撮り続けたというエピソードには驚きですし、許可が降りた後も美術館側から条件や圧力はなかったといいます。最も、ヨーロッパの美術館は基本的にフラッシュさえたかなければ写真撮影OKですし、許可を取れば模写も出来ます。教育機関としての位置づけがしっかりしているのだと思います。(日本だと国立民俗学博物館は写真撮影が出来たはずですが。)

ただ、それでは資金調達などが出来ないので許可を取り、それまでに撮影した画像を編集して企画書を作成して、「アンテンヌ2」と「ラ・セット」の二つのテレビ局から資金が出るようになり、撮影を継続したそうです。

ルーブルは別格としても、振り返って日本の美術館でも同じように運営されているはずです。
それを考えると、「文化の継承」とか「芸術の保存」と簡単に私たちは言うけれど、実はこういう地道な見えない仕事があってはじめて成り立つ言葉なのだと、実感出来る映画です。

「美大」というと作る側の輩出ばかりが脚光を浴びます。でも、こういう地味だけれど特殊な能力を必要とされる仕事にもっと脚光を浴びせていく必要があるでしょう。美術大学や文化庁などもこういう仕事をもっと創出し、広報していってほしいです。

その点、各地の美術館で「指定管理者制度」が取り入れられる事に問題はないでしょうか。ちなみに現在の導入状況はこちらのようで、やはり継続性が重要視される分野なのであまり進んではいないようですが。

ところで、監督のニコラス・フィリベールがパンフレットのインタビュー記事でこう述べています。

「残念ながら、多くの人が未だにドキュメンタリーとは「現実そのもの」で、客観的視点を持つもの、とかたくなに思い込んでいますが、すべての伝達行為が既に解釈行為だという事を忘れています」
と。

ドキュメンタリーだけではないでしょう。テレビも新聞も雑誌も映画もそしてネットも(もちろんこのブログも)、いわゆるメディアに乗った情報には「伝える側」の意図があるのです。
常にメディアに接するときはこの意識を持ちたいものだと思いました。

では。

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円安でソロスさんが大儲け!?

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今日は別の話題を考えていたのですが、下記の記事を昨晩読んで、気が変わりました。

Soros, other hedge funds score billions betting on falling yen

英文記事を簡単に要約すると、投資の神様ジョージ・ソロスやヘッジファンドは円が弱くなるのにあわせて、昨年の11月以降10億ドル(924億円!)近く利益を上げた、というものです。

意外に思われるかもしれませんが、私は経済にとても興味を持っています。国や人々を動かすのはお金。これは、まぎれも無い事実です。

経済動向を見ることが数ヶ月先を見ることに繋がります。だから日経新聞のチェックは怠りませんし、実は株も買ったことがあるのです。損が出ないうちに売りましたが、実は気が小さくて(笑)持っている間中気になって仕方なかったのでやめました。

ただ、とても経済状勢に敏感になりました。街を歩いていても、ビルの空き室具合を見るなどするようになりました。

さて、先の記事の話に戻って、私がこの記事を読んで、すごく不思議だったのは、なぜ安くなる円で10億ドルも儲けられるのか、という点でした。
何故なら、ものを売って儲ける基本は「安く買って、高く売る」だから、安くなる円を売るのでは儲けはなくなるはずだからです。

そこで、この私の疑問に答えて昨晩、夫のにわか経済講座を受けることになりました。そしてその内容に軽い衝撃も受けたので、ぜひみなさまにも知って頂きたいと思って、今日の話題に取り上げた次第です。

その秘密は「空売り」という仕組みにあるのだそうです。

空売りというのは、株(国債でもいいです)を他人から借りて来て、値段が高い時に(例えば100円)売って、売って得た100円を元手に、その株や国債が安くなった時に(例えば50円)で買う、という仕組みです。差し引き、この人の手元には50円が残ります。借りて来た株や国債は貸し主に戻ります。つまり他人の株を借りて来て動かすだけで50円の儲けになる訳です。

ソロスさんやヘッジファンドは、これを大規模にやったために10億ドルも儲けたのです。つまり日本の国債や日本株が売り買いされて、こんな泡銭を得た人たちがいたというわけです。実際はもっと複雑な仕組みの取引らしいですが、ギリシャもこれをやられたようで、少数の人たちの経済活動が一国の経済をも脅かしかねないのです。

soros

テレビや新聞には「アベノミクス」の文字が飛び交います。その政策には専門家の間でも賛否両論あるようです。もしかすると安倍さんが「円安、円安」と唱えることは、空売りする側からすれば棚からぼたもちがポトポト落ちて来るようなものかもしれないのです。

一方、インフレターゲットなる言葉がよく出て来るようになりました。で、現実を見てみると、例えば灯油がどんどん値上がりしています。
年末は1790円、今年になって、1850円、先週は1920円でした。
2ヶ月で7%の上昇率です。これから買い控えが始まりかねません。ということは景気は悪くなるのでは?
あれ? 景気を良くするための「アベノミクス」ではなかったの?

その上その裏では、上記のようにこっそり大儲けしている人たちがいる。
なんか違うぞ。

庶民といえども、「仕方ない」なんて言っていたら、マズいと思いませんか?

経済の勉強しましょう。

今日の結論はこれです。(笑)

ではでは〜。

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分析は悲観的に、行動は楽観的に。

シダは私の大好きな植物の一つです。カラフルな花の美しさは誰もが魅了されますが、花も咲かせず地味なシダには実は隠れファンが多いのです。

130128

さて、先日の話の続きです。

今日の内容は、このブログにしては深刻な話になりますが、重要なテーマです。

ホームページ作りになかなか踏み出せなかった私の背中を押した思わぬ出来事とは、いったいなんだったのでしょうか。

その思わぬ出来事とは、それは忘れもしない2年前2011年の3月12日。
テレビの画面では福島第一原発第一号機の建家が、吹き飛んでいました。
私はテレビで繰り返されるその映像を見て足がすくんでいました。

私はもともと原発には反対で、高木仁三郎さんの本なども読んでいましたが、よもや、私の生きている間に日本で原発事故が起こるなんて想像だにしてませんでした。
自分や家族の命もそうですが、同時に私の頭に浮かんだのが、マップケースにあるデッサンや押し入れのスケッチブックの山でした。

地震以来ネットに釘付けだった私は、情報収集に余念なく、NHKニュースでも放送されましたが15日の午前10時、東京の新宿区 百人町(健康安全研究センター)の放射線量は0.809μGy/hを指していました。これはいまでも東京都のサイトから確認出来ます。しかし、雨が降らなかったのは不幸中の幸いでした。

「ありゃりゃ、デッサンの山、どうしよう……」と気が遠くなりそうでした。

その後、2011年3月20日からの雨で東京は米ソの冷戦時代の大気核実験時代以来の汚染を被ることになりますが、第一原発は奇跡的になんとか踏みとどまります。
しかし「ただちに影響はない」とメディアや政府は繰り返すのみで、本当の情報は隠されていきます。

私は考えました。
作品を持ち出して逃げることは不可能だけど、これを写真に撮って電子データにすれば持ち歩けるし、さらにそれをホームページで公開すれば、世界の人に見てもらえる、と。

それから私は怒濤のように行動します。
まず、作品の写真撮りです。実はその前年に私は一眼レフを買い、使い方が分からないのでわざわざ写真の学校へ行ってライティングや物撮りを習っていたのです。人生って本当に無駄がない、と思ったものです。

ストロボを買いに行き自分でレフ板を工夫して、毎日毎日スケッチブックやクロッキー帳を100枚ずつくらい撮影していきました。その作業は3月27日から4月の14日まで続きます。4月15日に京都に行く用事があったので終わらせる必要があったのです。京都には撮影したメモリーカードを持って行きました。まだ、第一原発の状況は不安定でしたが、これで私が東京にいない間に原発に何かあっても作品のデータは残すことが出来る、と安堵したものでした。

ホームページ作りも始めます。
HTMLやCSSはかじった程度ですが、私はCADの草創期に仕事をして来た事もあり、独学は苦になりません。2ヶ月くらいで大体の外観は出来てきました。

ところが、その頃、原発の爆発以上に怖い事が起き始めていました。
放射能対策は移動させないことが鉄則なのに、福島では米の作付けが始まり「食べて応援」とか「風評被害」という言葉がメディアを席巻します。
さらに福島の子供たちを疎開させないことに驚愕しました。どうやらこの国の大人は「子ども」という「未来」を助ける気がないらしいのです。普通の人々も実際に起きている事象を見ない振りをし始めました。メディアも原発事故なんてたいした事なかったかのように扱い始めます。3基もメルトダウンして、たいしたことないはずないです。
みんなが真実から目をそらし始めたのです。
これは私にとって原発の爆発より怖いことでした。

なんとかせねば、という思いから私はデモや抗議に参加し始めます。ツイッターでデモや抗議の情報を集めては参加していく日々が始まります。金曜官邸前抗議も最初から参加していました。

こうやって行動しながら私は事態を分析していきました。
現段階では以下のように考えています。

「国も国民も見たくないものを見ない振りが出来るこの国は、下手をするともう一度原発事故を起こす可能性がゼロではない。福島第一は東半分が海だったから被害がかなり軽減されたが、福井や西の地域にある原発に何かあったときの被害は、今回の比ではなくなるだろう。」

では、私は何ができるのだろう。
ここで、表題の「分析は悲観的に、行動は楽観的に。」と、アランが言ったとされる言葉が生きてきます。
どう考えても事態は良くないのだけれど、私が出来る事は毛ほどにも僅かですし、自分の精神衛生も保たねばなりません。だからといって事実から目をそらすことはできません。

で、最近は以下のような指針で行動していきたいと思っています。
①絵を描き続ける。きれいなものも醜いものも描いていく。
②福島の人々の支援を今後も続けていく。
③原発には明確にNOと言っていく。

今日は少しシビアな話になりました。でも、この状況から私たちは希望と未来を紡いでいくしかないのです。

誰もが自分なりの楽しみを見つけ行動していきたいです。私にとってはこのブログもその一つ。
まさに「分析は悲観的に、行動は楽観的に。」
これからもゆるりとおつきあいください。

では。

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