省エネを考える。そしてフンデルトヴァッサー

さて今、必要があって、2030年の都市生活ってどんなだろう、
を考えています。

今日、外出したら、電車もバスも冷房をかけていました。
二年前は節電節電で大騒ぎでしたが、
自民党は原発再稼動を参議院選の公約に上げており、
人々も慣れちゃって、
以前と変わらぬ生活に戻ろうとしています。
省エネとか節電って、結局続かないんですよね。

私の個人的な考えとしては、
エネルギーや食料など生命にかかわるものは
ある一定の地域内で、一定量は賄うことが
最も人間らしい生活になるだろうと
思っています。

それから、個人の節電や省エネは努力義務なので
むしろシステムそのものを変えてしまうことが
最も早道だとも思っています。

といっても、むしろ世の中の動きは逆で、
TPPとかグローバリゼーションで、
安いものを世界から買う、という方向にシフトしかねません。

だから、私が自分の考えを人に話すと、
鎖国するのか、と言われますが、
別に鎖国しなくても小さなコミュニティで賄える分だけ賄い、
足りない分は他のコミュニティや外国から取り入れれば良いだけの話しです。

例えば東京は、食料自給率もゼロだし、エネルギーも水すら自分で賄っていません。
ところが、そこにいる人たちが国家のシステムの多くを
つかさどっているわけですから、
様々に狂いが出てくるというものです。

単純に言ってしまえば、
もっと田舎や地方に様々な権限やお金を回せば、
もともと食料や水や技術はあるのですから、もっと簡単に省エネ国家になるのに、
と思うのです。
これが私の言う「システムを変える」の意味です。

原発というシステムそのものが、中央集権の象徴みたいなものですから、
地方への権限委譲が進むことは、このシステムの解体にも繋がるだけに、
なかなかその方向には行かないでしょうが。

そして、ある程度のエネルギーと食料を各地各地で賄えば
火力で使う石油や天然ガスは、今よりは少なくなるはずです。

一方で、マジで省エネ対策をしなければならなのは都会です。
私が小さかった頃は、一夏に29度になることが1、2回くらいで
大騒ぎでした。
しかし今は、外のアスファルトの熱気と室外機の排気の熱風で
都会の空気は二重三重の熱のこもり方だと思います。

地球温暖化懐疑論というのがあって、
地球温暖化は原発推進派のでっち上げだ、
という人もいるのですが、
気候が極端になっているのは間違いの無いことだと
私は肌で感じます。

さて、都会の省エネでよく取り上げられる「屋上緑化」。
これは確かにビルの室内の温度を下げたり、相当な効果があるようです。

「屋上緑化」で思い出すのが
オーストリアの芸術家、画家、建築家である、フンデルトヴァッサー。
自然を愛した彼の作風は、「自然には直線はない」として、直線を使いません。
ウィーンにある彼の美術館が「フンデルトヴァッサーハウス」
5年ほど前、ウィーンにいった時に実際に訪ねてみました。
少し歪んだ床や柱は可愛いタイルで覆われ建物のあちこちから植物が顔を出していました。

また、
晩年に作った温泉村は地面から家が生えているみたいです。
ブルマウ温泉村
これらのミニチュアの模型があってそれがほんとうによく出来ているのです。

彼が多くの作品を日本で残しているのは、
放っておけば木々が大きくなる日本に彼が愛着を覚えたからでしょうか。
そういえば日本と自然が似ているニュージーランドで晩年は過ごしたようです。

日本での作例に、TBSの「21世紀カウントダウン時計」(東京都赤坂、1992年)、キッズプラザ大阪の「こどもの街」(大阪市北区、1997年)や、大阪市環境局舞洲工場(大阪市此花区、ゴミ処理場、2001年)、大阪市舞洲スラッジセンター(大阪市此花区、下水汚泥処理施設、2004年)があります。

絵は原色でコントラストの激しい曲線を多用した
独特のアクのある絵ですね。
表現で人前で裸になるようなところもあったようで、
やはり現代の奇才の一人でしょう。
建物のように他者の手を介する部分がある方が、
面白みが出るようです。